赤と夜と過去

阿波野治

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赤い花 三

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 十歳の誕生日を、母手製のハンバーグシチューと、人気洋菓子店のレアチーズケーキで祝った秋の日、ダリアは真夜中に母に揺り起こされ、正座をして母と相対することを強いられた。家賃四万八千円のアパートの二階、真東の一室の、六畳一間での出来事だった。
 母は部屋の電気を点けようとはしなかった。寝起きで意識がぼんやりしている十歳のダリアは、なにも言わず、なにも考えずに、暗い部屋の片隅に座っていた。しばらくすると、暗闇に目が勝手に慣れ、相手の顔がわかるようになった。暗がりの中の母は、いつになく真剣な表情で、娘にこう語った。

「ダリアが十歳になったのを機に、ママからダリアに言っておかなければならないことがあります。それは、世の中の大抵の人間は馬鹿、ということです。
 なぜ馬鹿なのかといえば、それは、その人たちが、自分が馬鹿だということに気がついていないからです。そういう馬鹿な人たちが、自分たちは賢いのだと勘違いして、法律や、校則や、その他のいろいろなルールを勝手に決めています。そうした結果できたのが、今の世の中です。馬鹿が作ったのだから、いい世の中のはずがありません。私たちが生まれる前からそういうルールに決まっているものだから、そのルールは正しいものなのだ、守らなければいけないものなのだと、私たちはつい思ってしまいますが、実際はそうではなくて、でたらめなのです。馬鹿な人たちが、馬鹿なりに知恵を絞って、正しいものなのだ、守らなければいけないものなのだと私たちが信じるように、狡い小細工をしているから、一見でたらめだとはわからないだけなのです。
 そんなでたらめなルールに従う人は、そのルールを作った人と同じで、馬鹿です。そのルールがでたらめだと知らないから従ったのか、知っていたけど従ったのか、その違いはありますが、結果として従っているのだから、どちらも馬鹿であることには変わりありません。そういう馬鹿が、世の中にはたくさんいます。馬鹿ではない人よりも多いくらいです。
 けれどもダリアは、たった今、ママに教えられて、世の中のルールというものは、馬鹿な人たちが作ったでたらめなものだ、ということを知りましたね。
 知ったからには、そんなでたらめなルールに従ってはいけません。馬鹿の仲間になってはいけません。ダリアは今日で十歳になったのだから、これからはでたらめなルールではなくて、自分が本当に正しいと思うルールだけを守って生きていかなければいけません。他人の手によって敷かれたレールの上を歩くのではなく、道なき道を自らの手で切り拓き、自らの足で進んでいかなければなりません。
 いいですか、ダリア。これからは、自分の心が教科書だと思いなさい。その教科書だけを信じて、自分が進む道を決めなさい。
 ママが言いたいことは以上です」

 語り終えると、母は何事もなかったかのように布団に潜り込んだ。ダリアはしばらくのあいだ、ぼんやりとその場に座っていたが、パジャマを身に着けただけの体に寒さを覚えたので、這うようにして母の布団の中に戻った。
 ママが、どこかおかしい。
 そんな思いは寝ぼけながらにあったが、母の両腕に抱かれたときに感じた安らぎとぬくもりは、普段となんら変わりなかった。ダリアはすべてを忘れようとするように瞼を閉じた。

 一夜が明けると、長々しい説教の内容のほとんどは記憶から抜け落ちていた。
 ただ一つ、最後に言われた「自分の心が教科書」という言葉だけは、深く心に刻まれ、たびたび胸裏に甦った。

 それから一年が経った。その年の自分の誕生日プレゼントに、ダリアは母にこんなリクエストを出した。
「髪の毛を紫色に染めたい。青色と赤色が半々に配合された紫色でも、青色が多い紫色でもなくて、赤色がたっぷり入った、血の色みたいな紫色に」
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