66 / 107
66
しおりを挟む
真理愛は煮物が好きではない。弁当に残り物を流用することに否定的な気持ちもある。「貧乏くさい料理」という表現は的を外していると思うが、味が染みて茶色くなった野菜の切れ端を見て、なにかちょっとからかってみたくなる気持ちは、まあ理解できなくもない。
ただ、関係が深い他人を低く見るような発言は聞き捨てならない。お前らごときに非難する権利はねぇよ、と思う。
世間では理想形の一つだと挙げられることもある、友だちのような関係の母親ではない。仲がよいか悪いかで二分するなら、後者に属する。それでも、悪く言われたのには腹が立った。
お前らごときが――その一言で頭がいっぱいになり、顔が、全身が、燃え上がるように熱くなった。
発作的に行動を起こしそうなったが、こらえた。万端に準備を整えたうえで解き放つまで、我慢しよう。その瞬間に備えて、今は憎悪を溜め込むことに専念しよう。そうかたく心に誓った。
殺意はいずれ臨界点を突破するだろう。問題はむしろ殺害方法かもしれない。真理愛はそう考えはじめていた。
本日の尾行はとても楽だ。真理愛が樹音たちといっしょに下校したからだ。
真理愛は樹音たちからの心のない言葉を耐えることに、樹音たちは真理愛をけなすことにそれぞれ夢中。尾行者の存在に感づくなど、天地がひっくり返ってもあり得ないように思える。
ただし、尾行者である森嶋隼人の心は重かった。苦しかった。
軽いはずがない。快いはずがない。
なにせ、恋心を抱いている相手が目の前で虐げられているのだから。
樹音たちの話し声はやかましく、人目を憚らない。十メートル強の間隔をあけてあとをつける隼人にも、会話の大半が聞こえる。そのほとんどが、真理愛の人格を踏みにじるような言葉だ。汚く、乱暴で、聞くにたえない。
それでいて隼人は、加害者がなにを言っているのかを一語も聞きもらすまいと、懸命に耳を傾ける。
時には暴力が行使されることもある。加害者が冗談だと言い張れば責任は免れる程度の強さで、肩を小突いたり背中を叩いたりする、というものだが、心が弱りきっている真理愛には一発一発が重く感じられるだろう。いつ飛んでくるかわからず、次から次へと襲いかかってくるからこそ、怖いし、痛いだろう。
悪罵の数々を聞きとってしまうのは避けられないにしても、俯いてスニーカーのつま先を見ながら歩けば、暴力が行使される瞬間は目にせずに済む。そう理解していながら、隼人は加害者と被害者の一挙手一投足から目が離せない。
樹音たちから解放されるまで、真理愛は罵倒され、小突き回された。
ただ、関係が深い他人を低く見るような発言は聞き捨てならない。お前らごときに非難する権利はねぇよ、と思う。
世間では理想形の一つだと挙げられることもある、友だちのような関係の母親ではない。仲がよいか悪いかで二分するなら、後者に属する。それでも、悪く言われたのには腹が立った。
お前らごときが――その一言で頭がいっぱいになり、顔が、全身が、燃え上がるように熱くなった。
発作的に行動を起こしそうなったが、こらえた。万端に準備を整えたうえで解き放つまで、我慢しよう。その瞬間に備えて、今は憎悪を溜め込むことに専念しよう。そうかたく心に誓った。
殺意はいずれ臨界点を突破するだろう。問題はむしろ殺害方法かもしれない。真理愛はそう考えはじめていた。
本日の尾行はとても楽だ。真理愛が樹音たちといっしょに下校したからだ。
真理愛は樹音たちからの心のない言葉を耐えることに、樹音たちは真理愛をけなすことにそれぞれ夢中。尾行者の存在に感づくなど、天地がひっくり返ってもあり得ないように思える。
ただし、尾行者である森嶋隼人の心は重かった。苦しかった。
軽いはずがない。快いはずがない。
なにせ、恋心を抱いている相手が目の前で虐げられているのだから。
樹音たちの話し声はやかましく、人目を憚らない。十メートル強の間隔をあけてあとをつける隼人にも、会話の大半が聞こえる。そのほとんどが、真理愛の人格を踏みにじるような言葉だ。汚く、乱暴で、聞くにたえない。
それでいて隼人は、加害者がなにを言っているのかを一語も聞きもらすまいと、懸命に耳を傾ける。
時には暴力が行使されることもある。加害者が冗談だと言い張れば責任は免れる程度の強さで、肩を小突いたり背中を叩いたりする、というものだが、心が弱りきっている真理愛には一発一発が重く感じられるだろう。いつ飛んでくるかわからず、次から次へと襲いかかってくるからこそ、怖いし、痛いだろう。
悪罵の数々を聞きとってしまうのは避けられないにしても、俯いてスニーカーのつま先を見ながら歩けば、暴力が行使される瞬間は目にせずに済む。そう理解していながら、隼人は加害者と被害者の一挙手一投足から目が離せない。
樹音たちから解放されるまで、真理愛は罵倒され、小突き回された。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
妹の仇 兄の復讐
MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。
僕、寺内勇人は高校三年生。妹の茜は高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。
その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる