鏖の季節

阿波野治

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 二日連続で、真理愛は樹音たちと下校することとなった。
 目的のために必要とはいえ、気が重かった。教師という権力者の目が届かなくなったのに伴い、樹音たちが一段階羽目を外すからだ。言われること・やられることには大差ないが、心が少し深く抉れるような実感があった。いじめの微薫を嗅ぎとった場合、教師たちならば行動を起こすこともあるが、通行人はほぼ確実に見て見ぬふりをする、という違いも大きい。思う存分鞭を振るえる喜びから、彼女たちはわざと歩調を落とし、虐待のための時間を増やしている節があった。

 学校の中の被害だけでも憎悪は問題なく深まる。時と場合によっては逃げることも必要だ。逃げよう。逃げてしまえ。
 心は揺れたが、結局、樹音たちと下校をともにしている。目的のため。憎悪を充分な量まで貯めるため。真理愛としてはそのつもりだったが、逃げたくても逃げられずにいる、というのが実のところだろう。

 今日は昨日とは違い、自転車を押していない。
『駐輪場に置いておけよ。鍵かけとけば誰も盗まないでしょ』
 樹音からそう命じられたからだ。理由は明言しなかったが、邪魔だ、という意味の発言はしていた。自転車は真理愛とトモノリの仲人役を果たした、思い入れのあるアイテムだ。たとえ乗らないのだとしても、そばにいてほしかったのに。

 一行は昨日とは違い、トモノリが住まう小屋が建つ道を歩いている。

「おっ、いるいる」
 一行の足が止まり、樹音が景色の一点を指差して言った。半笑いにもかかわらず鋭利さを失っていない切れ長の目は、小屋の前にしゃがむトモノリを捉えている。彼の姿を一目見て、真理愛と樹音を除く全員が小さく歓声を上げた。

 トモノリは筏のように縦に並べた背丈ほどの角材を、順番に手にとっては定規を当て、鉛筆で短い線を描き加えている。集中して作業に取り組んでいるのが遠目からもわかる。
 樹音たちの存在には気がついていないようだ。
 ましてや、その中に真理愛がいることなど。

「おい、湯田。あの汚いおっさんにキスしてこいよ」
 半笑いで、それでいて有無を言わさない高圧的な口調で、樹音は命じた。
 真理愛は絶句した。取り巻きが二人ほど、囃し立てるようなことを言ったようだが、遠方で響いた異国の言葉のように聞こえた。

「孤独な嫌われ者同士、お似合いじゃん。ベストカップルだよ。だから、キスしてこい。チャレンジしてみろじゃなくて、命令だから」

 どうしてそんなことをしなければいけないの? そんな真っ当な問いは、樹音に対してはナンセンスでしかない。樹音が真理愛をいじめのターゲットにした理由が気まぐれなら、下す指示も気まぐれ。意味らしい意味などないのだから。
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