鏖の季節

阿波野治

文字の大きさ
67 / 107

67

しおりを挟む
 二日連続で、真理愛は樹音たちと下校することとなった。
 目的のために必要とはいえ、気が重かった。教師という権力者の目が届かなくなったのに伴い、樹音たちが一段階羽目を外すからだ。言われること・やられることには大差ないが、心が少し深く抉れるような実感があった。いじめの微薫を嗅ぎとった場合、教師たちならば行動を起こすこともあるが、通行人はほぼ確実に見て見ぬふりをする、という違いも大きい。思う存分鞭を振るえる喜びから、彼女たちはわざと歩調を落とし、虐待のための時間を増やしている節があった。

 学校の中の被害だけでも憎悪は問題なく深まる。時と場合によっては逃げることも必要だ。逃げよう。逃げてしまえ。
 心は揺れたが、結局、樹音たちと下校をともにしている。目的のため。憎悪を充分な量まで貯めるため。真理愛としてはそのつもりだったが、逃げたくても逃げられずにいる、というのが実のところだろう。

 今日は昨日とは違い、自転車を押していない。
『駐輪場に置いておけよ。鍵かけとけば誰も盗まないでしょ』
 樹音からそう命じられたからだ。理由は明言しなかったが、邪魔だ、という意味の発言はしていた。自転車は真理愛とトモノリの仲人役を果たした、思い入れのあるアイテムだ。たとえ乗らないのだとしても、そばにいてほしかったのに。

 一行は昨日とは違い、トモノリが住まう小屋が建つ道を歩いている。

「おっ、いるいる」
 一行の足が止まり、樹音が景色の一点を指差して言った。半笑いにもかかわらず鋭利さを失っていない切れ長の目は、小屋の前にしゃがむトモノリを捉えている。彼の姿を一目見て、真理愛と樹音を除く全員が小さく歓声を上げた。

 トモノリは筏のように縦に並べた背丈ほどの角材を、順番に手にとっては定規を当て、鉛筆で短い線を描き加えている。集中して作業に取り組んでいるのが遠目からもわかる。
 樹音たちの存在には気がついていないようだ。
 ましてや、その中に真理愛がいることなど。

「おい、湯田。あの汚いおっさんにキスしてこいよ」
 半笑いで、それでいて有無を言わさない高圧的な口調で、樹音は命じた。
 真理愛は絶句した。取り巻きが二人ほど、囃し立てるようなことを言ったようだが、遠方で響いた異国の言葉のように聞こえた。

「孤独な嫌われ者同士、お似合いじゃん。ベストカップルだよ。だから、キスしてこい。チャレンジしてみろじゃなくて、命令だから」

 どうしてそんなことをしなければいけないの? そんな真っ当な問いは、樹音に対してはナンセンスでしかない。樹音が真理愛をいじめのターゲットにした理由が気まぐれなら、下す指示も気まぐれ。意味らしい意味などないのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

漆黒の闇から

一宮 沙耶
ホラー
邪悪な霊が引き起こす事件の数々 若い頃から霊が見え、精神を病んでいた私が事件を解決していく ただ、自分も黄泉の世界に巻き込まれてしまう

妹の仇 兄の復讐

MisakiNonagase
青春
神奈川県の海に近い住宅街。夏の終わりが、夕焼けに溶けていく季節だった。 僕、寺内勇人は高校三年生。妹の茜は高校一年生。父と母との四人暮らし。ごく普通の家庭で、僕と茜は、ブラコンやシスコンと騒がれるほどではないが、それなりに仲の良い兄妹だった。茜は少し内気で、真面目な顔をしているが、家族の前ではよく笑う。特に、幼馴染で僕の交際相手でもある佑香が来ると、姉のように慕って明るくなる。 その平穏が、ほんの些細な噂によって、静かに、しかし深く切り裂かれようとは、その時はまだ知らなかった。

処理中です...