鏖の季節

阿波野治

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 まず話の内容が、次いで足音が、最後に声が観測できなくなった。手足を縛られ、冷たい床に体の左側を密着させた真理愛は、大きく息を吐く。
「……助かった」

 四肢が封じられていて動きにくかったが、イモムシのように体を伸縮させて床を這う。電気ポットの箱と、何鉢か重ねられたプラスチック製の植木鉢のあいだに置かれている、桜色のナップザックにたどり着いた。
 歯で咥え、上半身の力だけを使ってできるだけ手の近くに放る。苦労しながら体の位置を動かしていくうちに、とうとう指が袋に触れた。
 袋の口を開け、中からナイフを取り出す。そこから刃を紐に当てるまでにも時間がかかったし、ナイフを動かすだけでもひと苦労だったが、やがて両手首を縛る紐の切断に成功した。
 両手が自由になってしまえば、足首の束縛をほどくのはあっという間だ。立ち上がってほんの軽くストレッチし、ポジティブなニュアンスのため息を吐く。

 ナップザックの中には、着替えと、トモノリから借りた凶器一式が入っている。廊下の掃除をこなしながら偵察し、一階の和室が寝室として使用されると推断したあとで、樹音の自室からこの場所へと移動させたのだ。
 同じ階にあったほうが、犯行に移るさいになにかと便利だと考えての処置だったのだが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。

 現在樹音たちが探っているだろう真理愛の白いリュックサックの中に、見られて困るようなものは入っていない。パジャマや着替えの服や下着を見た彼女たちは、「かわいくない」「センスがない」「ださい」と小馬鹿にするだろうが、それだけだ。

 真理愛の身動きを封じ、危険物を持参していないのを確認したことで、樹音たちは安心しきっただろう。真理愛が不在の中、真の意味で仲のいい者同士で談笑し、入浴し、一階の和室に敷いた布団の上で話の続きをして、日付が変わればやがて眠りに就く。
 そうすれば、真理愛が動き出す時だ。





 一階に人が下りてきたときは肝が冷えた。体育座りから床に横たわる姿勢へと、急ぎがちに移行したさいに、脚が棚に当たって物音が立った。そう大きな音量ではなかったが、冷たいような熱いような汗が噴き出した。
 息を殺して動向をうかがう。足音は物置部屋とは正反対、風呂場の方角へと遠のいた。

 真理愛は念のため、手首に形だけ紐を巻いて両手を背中に回し、横になる姿勢で待機することにした。
 一人目が出て行くと、入れ替わりで新たな一人が風呂場へと消える。学校ではトイレに行くときでさえも行動をともにするというのに、入浴は一人ずつらしい。
 誰かの入浴中も、他の誰かが様子を見に来る可能性はゼロではない。気が抜けない時間が続いたが、何事もなく六人全員が入浴を終えた。

 警戒を維持しつつなおも待ちつづけていると、やがて音声を聞きとった。複数の声と、階段を下りる足音。真理愛の様子を見に来たのかとも思ったが、就寝するためだったらしく、裸足が床板を踏む音と気配が遠ざかっていく。向かったのは、床の間がある和室の方角。
 あと少し。あともう少しで、わたしはあいつらを――。
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