鏖の季節

阿波野治

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 真理愛はトモノリの友だちとして、「誰かに殺してもらうことで自らの命を終わらせたい」という歪んだ欲望を叶えるために協力したが、それは間違いだったのでは?
 本当は、トモノリを励まし、他者からのサポートを受けるようにすすめ、人生をたった三十年で終わらないように導くべきだったのでは?

 トモノリを殺さず、なおかつ彼が社会復帰に前向きになっていたならば、異常の枠から卒業した彼は、いじめっ子を鏖にするという、真理愛の異常な願望を否定し、やめさせようとしていた可能性もあり、だとすれば真理愛は樹音の家に宿泊する誘いを断っていたかもしれず、泊まらなければ当然殺人は起きなかったから、こうして真理愛が樹音を追いかけ、追いつくどころか突き放されている今が訪れることもなかった。

「――樹音! 待てぇっ!」
 たまらない気持ちになり、裏返る寸前の声で叫ぶ。
「命乞いをしろ。無様に額を地面にこすりつけて。そうすれば赦してやる。命だけは助けてやる。死にたくないんだろ? だったら、今までわたしにしたことを謝れよ。謝るから助けてくださいって言えよ。ほら、早く!」

 返事はない。ただ夜を駆ける音だけが聞こえている。それが徐々に遠ざかっていく。おそらく、樹音は振り向きもしていないだろう。人間だったころは湯田真理愛と呼ばれていた悪魔から逃れるために、一心不乱に全力疾走しているだけ。

 不意に、さびしさが胸を過ぎった。
 今までさんざん、わたしにあんな酷いことをしてきたくせに、いざ自分が被害に遭ったら逃げるのか。束の間向き合うことすらもなく。川真田樹音はなんて卑怯な人間なんだ。
 そういえばあいつは、高宮を見捨てて逃げた。高宮に一方的に危険な役回りを命じ、高宮がわたしを攻め立てているあいだはいっしょになって攻撃したくせに、いざ劣勢に立たされると見捨てて逃げる。友だちの命は命を擲ってでも助ける、ではなくて。

 樹音だけではない。
 神宮寺玲奈は、自分たちが日常的にいじめている相手により深いダメージを与えたいという動機で、好意を抱いてもいない真理愛に接近し、偽者の友人として振る舞った。
 トモノリは、「トモノリには死んでほしくない」という真理愛の願いを無視して、自分を殺すように彼女に迫った。
 真理愛だって、トモノリの死をさほど悲しまなかった。

 これがこの世界の仕組みなのだ。
 真の意味での友だちなど、できるはずがなかったのだ。
 この世界は、なんとさびしいのだろう。なんと虚しいのだろう。

 真理愛は見る見る減速する。足音が遠のいていく。
 そして、彼女の両足は止まる。
 先行する足音が聞こえなくなり、真理愛は闇の中に一人取り残される。
 脳髄は仕事を放棄している。自分自身を叱咤激励する気力はすでに空っぽだ。

「……終わってる」
 力なくひとりごち、血に濡れたすみれ色のワンピースを脱ぎ捨て、道の脇に広がる植物をかき分ける。
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