鏖の季節

阿波野治

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 隼人は路上に衣服が落ちているのを発見した。すみれ色のワンピース。
 その近くの道路脇に、何者かが植物を掻き分け、踏み荒らしながら突き進んだらしい痕跡を見つけた。暗さと狭さのせいでわかりづらいが、たしかに通り道ができている。
 躊躇いはなかった。スニーカーの靴底が下草を踏みしめる音が立つのも、押しのけた樹枝が乾いた音を立てるのを厭わずに、隼人は獣道を突き進む。

 五分も歩かないうちに行き止まりに達した。そこには見覚えのある人物がいた。
「湯田さん」
 名前のわからない針葉樹の下、下草の褥の上に、正座を大きく崩したような座りかたで座っている。ブラジャーとショーツを身に着けただけという姿だ。

 呼びかけに三秒遅れて顔が持ち上がった。隼人を捉えた瞳は、光を奪われたように、あるいは義眼のように、虚ろだ。
 鳥肌が立った。恐怖ではなく、歓喜の鳥肌が。両の二の腕から生じたそれは、瞬く間に全身へと波及し、身震いを強制した。

 ああ、まりりん。
 やっと、会えた。
 とうとう、二人きりで話す機会ができたね。

「湯田さん」
 改めて呼びかける。まばたきが観測できた。瞳は虚ろだが、森嶋隼人の姿を捉えている。目の前にいる人物が、クラスメイトの森嶋隼人だと認識している。会話が成立しそうだ。

「さっき偶然、道でクラスメイトの川真田さんと会って、事情を聞いたよ。湯田さん、川真田さんのグループの女子たちを鏖にしたんだって? 寝込みを襲って」
「そうだよ。ハンマーで殴り倒して、ナイフで突き刺して、殺した」
 真理愛の声は普段よりもいくぶん低い。音量は小さいが、まるで耳元でささやかれたように明瞭に聞こえる。吐息さえ耳朶に感じたように錯覚された。

「一人逃しちゃったから鏖じゃないけどね。そんなことより、森嶋くんはどうしてこの場所に?」
「ここを見つけたのは、人が無理矢理通ったような跡を見かけたからだよ。そもそもどうしてこんな山の中にいるのかというと――」
 神宮寺玲奈との関係や、玲奈と連絡をとったことについて、簡潔に説明する。

「つまり、森嶋くんはわたしが心配で会いに来てくれたんだね」
「そのとおりだよ。お土産があるんだ。ほら」
 ポケットから取り出したものを歩み寄って差し出す。受けとってくれるか不安だったが、真理愛は自ら右手を伸ばして掴んだ。
 ピンポン玉よりも一回り小さな球体――眼球。つい十分ほど前まで、樹音の右の眼窩に収まっていたものだ。
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