少女と物語と少女の物語

阿波野治

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雨模様の放課後

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「明日から、お昼ご飯は増田さんと一緒に食べようかな」

 夕方のホームルームが終わり、わたしが教室から出ようというタイミングで、福永さんは自らが率いるグループの女子たちに向かって、聞こえよがしに大声で言った。その一言は、わたしを徹底的に痛めつけるという宣言に他ならなかった。胸を強く絞めつけられる感覚を覚え、目の奥が熱くなったが、保健室に向かう道中で嫌というほど涙を出したお陰で、辛うじて泣かずに済んだ。

 昇降口まで降りていくと、雨が降っていた。決して激しくはないが、傘を差さずに歩くのは躊躇ってしまう、そんな強さの雨が。
 わたしは今日、傘を持ってきていなかった。天気予報は終日晴れの予報だったので、裏切られた格好だ。わたし以外の生徒の多くも、この時間帯の雨を予測していなかったようで、雨宿りをしている男女が何人もいる。
 この場所で待っていれば、傘を手にした平間さんと合流できるかもしれない。
 期待が胸を過ぎったが、足を止めるのは下履きに履き替える間だけに留め、雨の中を歩き出した。

 さほど強くはないとはいえ、遮るものがない状態で浴び続ければ、髪も制服も肌もあっという間にずぶ濡れになる。自動車が、自転車が、わたしを一瞥することなく、次から次へとわたしを追い越していく。酷く惨めな気分だ。いっそのこと、誰かに嘲笑された方が楽だとさえ思うくらいに。
 福永さんの心ない言葉に晒されている間も、こうして雨の中を歩いている間も、平間さんのことは常に頭の片隅にあった。助けを求めるならば彼女しかないと確信する一方で、助けを求めても問題が根本的に解決されるわけではない、という思いもある。クラスが違うから、彼女たちのからかいから守ってもらうことは不可能。被害を訴え、感情を吐き出したところで、彼女たちのいないところで彼女たちを非難する言葉を並べ合って、それでおしまい。福永さんたちの行為を止めさせることに繋がるわけではない。
 次第に膨らんでいく無力感と悲しみに、歩み続けていた両足がとうとう止まった。途端に雨が強くなった。容赦なく打ちつける大粒の雨に、二つの感情は加速度をつけて高まっていく。

 これから、学年が変わるまでずっと、福永さんたちから嫌な思いをさせられ続けるのだろうか……?

「増田!」

 その声は雨が強く降る中でもはっきりと聞こえた。振り向いた。鞄を傘代わりに頭上にかざして、制服姿の女の子がこちらへと走ってくる。――平間さんだ。

「雨なのに傘も差さずに突っ立っている人がいるから、変だなと思ったら、増田だったからびっくりしたよ。どうしたの、こんなところで」

 表情と声こそ平板だったが、心持ち早口だったので、自己申告した通りの感情を抱いていることが分かった。

「それは、その、傘を忘れたから」
「忘れたにしても、走るとか、持ち物で雨を防ぐとか、対処法はいくらでもあるだろう。なにがあったの?」

 平間さんに被害を訴えても虚しいだけだ。そう考えたあとだっただけに、ありのままを話すことを躊躇ってしまう。答えを返せずにいると、平間さんはもどかしげに舌打ちし、わたしの手を掴んだ。

「増田、私の家に行こう」
「えっ?」
「『えっ?』じゃない。このままだと風邪引くから、とりあえず避難だ。走れっ!」

 平間さんは強く、しかし痛くない程度に手を引く。わたしたちは雨の中を駆け出した。
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