少女と物語と少女の物語

阿波野治

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約束

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 脱衣場で体から水気を拭い取り、平間さんが貸してくれた服に着替える。上も下もサイズがかなり大きく、パンツのベルトをきつく締めなければならなかった。
 無人の部屋で待っていると、平間さんが戻ってきた。二個のティーカップが載ったトレイを両手で持っている。

「紅茶をどうぞ。インスタントだけど」

 わたしの前にトレイを置き、それを挟んだ対面に腰を下ろす。平間さんが先にティーカップに口をつけ、わたしも一口飲んだ。甘い熱が体内に染み渡っていく。小さく息を吐き、カップを元の場所に戻す。

「あの、平間さん」

 ティーカップが虚空で停止する。膝の上にカップを下ろし、眼差しで先を促す。

「聞いてほしいことがあるんだけど、いいかな?」

 手にしていたティーカップをわたしのティーカップの横に静かに置き、平間さんは頷いた。わたしはなんだか泣きそうになった。涙を抑え込み、心を鎮めるために数秒間沈黙し、それから話し始めた。今日、平間さんと屋上で別れてから路上で再会するまでの間、わたしと福永さんの間で起きたことの全てを。途中、なにを伝えようとしているのか自分でも分からなくなったり、感情が乱れて言葉が続かなくなったりしたが、そのたびに心を落ち着かせる時間を作り、伝えたかったことをなんとか全て伝えることができた。

「……そっか」

 話し終えてから大分経って、平間さんは小さく息をついた。

「福永が増田に暴力を振るったのか。そっか……」

 また沈黙。たった一つの正答を求めて思索を巡らせているというより、数多の正答の中から一つを選び出すために思案している、そんな顔つきに見える。

「増田の力になってあげたい、と思うんだけど――」

 言葉を切り、眉と眉の間を狭める。

「ごめん。今はいい方法が思い浮かばない」

 落胆と絶望が胸に訪れるよりも早く、平間さんは言葉を紡いだ。

「思い浮かばないけど、でも、こうして増田の話を聞くことはできる。もしものことがあった場合に、増田のもとに駆けつけることはできる」

 身を乗り出し、わたしの両手を握る。優しさと力強さ、二つを同時に感じた。

「だから、待っていてくれる? 増田が苦しい思いをしなくても済む方法を必ず考え出すから。増田のこと、私は絶対に見捨てないから」

 頬をなにかが滑り落ちるのを感じた。涙だ、と悟った瞬間、溢れ出す勢いが急激に増した。抑え込もうとしたが、手に負えない。せっかく握ってくれた手をほどくのは気が進まなかったが、泣き顔は見られたくなかった。心から心配してくれた相手だからこそ、そう思った。両手で顔を覆い隠し、むせび泣く。

「……増田」

 包み込まれる感覚、そして温もり。顔が隠れていても、なにをされたのかははっきりと分かった。嫌ではない。嫌ではないけれど――。
 抱きしめられるなら、喜びを分かち合う場面でされたかった。平間さんの家に来たことだってそう。泣くためじゃなくて、苦しみや悲しみを打ち明けるためじゃなくて、雨から逃れるためじゃなくて、友達として、心から楽しいと思えるひとときを過ごすために訪れたかった。
 昼間、あれほど泣いたのが嘘だったかのように、涙は中々止んでくれない。雫が流れ落ち続ける間、平間さんはずっとわたしを包み込んでいてくれた。
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