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噴水広場②
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「増田」
紙がこすれる音。顔を向けたわたしに、原稿用紙の束が差し出される。微笑んでいた。表に出したくない感情を隠すために故意に作られた、少しぎこちない微笑み。
束を受け取り、自分の鞄に仕舞う。ひしひしと感じる視線に、顔を上げることができない。
「増田」
平間さんの匂いが近づいた。膝頭と膝頭が接し、体温が伝わってきた、次の瞬間、
「あっ、増田さんだ!」
反射的に膝頭を離した。聞き覚えのある声だ。顔を上げた瞬間、戦慄が走った。福永さんとそのグループの女子たちが、駅舎の出入り口付近に佇んでこちらを見ていた。
福永さんたちが歩み寄ってくる。横目で顔色を窺うと、平間さんは険しい表情で彼女たちを見据えていた。
「珍しいね、こんなところで増田さんに会うなんて。ていうか、隣の子、誰? この前相合い傘してた子だよね」
福永さんは平間さんの前に立つと、まじまじと顔を眺めた。そうかと思うと、急になにかに気がついたらしい顔つきになり、平間さんに人差し指を突きつけた。
「分かった! どこかで見たことある顔だと思ったら、平間晶だ」
一同の視線が福永さんに集中する。福永さんは勝ち誇った顔で言う。
「あれっ、みんな知らない? 中二の時に暴力事件起こした、問題児の平間晶だよ」
暴力? 問題児? ……平間さんが?
「あたし、たまたま隣のクラスだったから、事件が起こった直後の様子を見たんだけど、凄かったよ。殴られた子は鼻血流しながらうずくまってて、殴った方はまだ昂奮してて、周りの子が必死になって取り押さえてた。みんな大変そうだったよ。だって男みたいな体格してるんだもん」
福永さんは声を抑えるどころか、周囲に撒き散らすように喋る。
「あんな事件起こしておいて、よく学園に籍を置き続けられるよね。自主的に退学するでしょ、普通は。どんだけ面の皮が厚いのって話」
福永さんが平間さんに視線を戻したので、二人は睨み合う形となった。一同の間に緊張が走る。
先に動いたのは福永さんだった。グループの女子たちを振り返り、おどけたように肩を竦めてみせた。そうかと思うと、今度はわたしの方を向き、わたしの手を握る。
「増田さん、もしかして、平間晶に脅迫されているんじゃないの? そうなんでしょ?」
福永さんの口角は微かに痙攣している。まるで笑い出したいのを我慢しているかのように。
「平間晶となんかじゃなくて、あたしたちと遊ぼうよ。絶対にそっちの方が楽しいよ。みんなも増田さんと遊びたいよね?」
一同は困惑したように顔を見合わせたが、福永さんが一瞥をくれると、作り笑いで取り繕い、口々に賛成の意を表明した。わたしへと顔を戻した時、福永さんは満面の笑みだった。
「増田さん、行こうよ。みんなと一緒に遊びに行こう」
「でも……」
「面白いところに連れて行ってあげる。行って損はないと思うよ。次回作のネタになるかもしれないし」
複数の笑い声が福永さんの背後で起こった。それを聞いた瞬間、この人たちと行動をともにするのは絶対に嫌だ、と思った。首を横に振ったが、福永さんはそれを無視し、わたしの手を強く引っ張る。ベンチから腰が浮いた。
次の瞬間、平間さんが身を乗り出したかと思うと、福永さんの手首を掴み、わたしの手から引き剥がした。
「いったーい! ちょっと、なにするの?」
掴まれた箇所をもう一方の手で押さえ、眦を決して平間さんを見据える。平間さんはそれには取り合わず、福永さんに代わってわたしの手を握った。その優しい力強さに、さり気なくわたしの腰に添えられたもう片方の手に、鼓動が速くなる。
「増田、行こう。こいつらと一緒にいたら不幸になる」
平間さんは歩き出す。手を握られているので、必然にわたしも歩くことになる。引っ張る力は強いが、強引さはない。平間さんの手は大きく、温かい。
「なんなの、こいつ。保護者かよ」
通り過ぎるわたしたちに向かって、福永さんは忌々しげに吐き捨てた。平間さんは横目で彼女を睨んだが、それ以上のことはしなかった。憎悪に燃える眼差しが追跡してくるのを背中にひしひしと感じながら、わたしは平間さんとともに噴水広場をあとにした。
紙がこすれる音。顔を向けたわたしに、原稿用紙の束が差し出される。微笑んでいた。表に出したくない感情を隠すために故意に作られた、少しぎこちない微笑み。
束を受け取り、自分の鞄に仕舞う。ひしひしと感じる視線に、顔を上げることができない。
「増田」
平間さんの匂いが近づいた。膝頭と膝頭が接し、体温が伝わってきた、次の瞬間、
「あっ、増田さんだ!」
反射的に膝頭を離した。聞き覚えのある声だ。顔を上げた瞬間、戦慄が走った。福永さんとそのグループの女子たちが、駅舎の出入り口付近に佇んでこちらを見ていた。
福永さんたちが歩み寄ってくる。横目で顔色を窺うと、平間さんは険しい表情で彼女たちを見据えていた。
「珍しいね、こんなところで増田さんに会うなんて。ていうか、隣の子、誰? この前相合い傘してた子だよね」
福永さんは平間さんの前に立つと、まじまじと顔を眺めた。そうかと思うと、急になにかに気がついたらしい顔つきになり、平間さんに人差し指を突きつけた。
「分かった! どこかで見たことある顔だと思ったら、平間晶だ」
一同の視線が福永さんに集中する。福永さんは勝ち誇った顔で言う。
「あれっ、みんな知らない? 中二の時に暴力事件起こした、問題児の平間晶だよ」
暴力? 問題児? ……平間さんが?
「あたし、たまたま隣のクラスだったから、事件が起こった直後の様子を見たんだけど、凄かったよ。殴られた子は鼻血流しながらうずくまってて、殴った方はまだ昂奮してて、周りの子が必死になって取り押さえてた。みんな大変そうだったよ。だって男みたいな体格してるんだもん」
福永さんは声を抑えるどころか、周囲に撒き散らすように喋る。
「あんな事件起こしておいて、よく学園に籍を置き続けられるよね。自主的に退学するでしょ、普通は。どんだけ面の皮が厚いのって話」
福永さんが平間さんに視線を戻したので、二人は睨み合う形となった。一同の間に緊張が走る。
先に動いたのは福永さんだった。グループの女子たちを振り返り、おどけたように肩を竦めてみせた。そうかと思うと、今度はわたしの方を向き、わたしの手を握る。
「増田さん、もしかして、平間晶に脅迫されているんじゃないの? そうなんでしょ?」
福永さんの口角は微かに痙攣している。まるで笑い出したいのを我慢しているかのように。
「平間晶となんかじゃなくて、あたしたちと遊ぼうよ。絶対にそっちの方が楽しいよ。みんなも増田さんと遊びたいよね?」
一同は困惑したように顔を見合わせたが、福永さんが一瞥をくれると、作り笑いで取り繕い、口々に賛成の意を表明した。わたしへと顔を戻した時、福永さんは満面の笑みだった。
「増田さん、行こうよ。みんなと一緒に遊びに行こう」
「でも……」
「面白いところに連れて行ってあげる。行って損はないと思うよ。次回作のネタになるかもしれないし」
複数の笑い声が福永さんの背後で起こった。それを聞いた瞬間、この人たちと行動をともにするのは絶対に嫌だ、と思った。首を横に振ったが、福永さんはそれを無視し、わたしの手を強く引っ張る。ベンチから腰が浮いた。
次の瞬間、平間さんが身を乗り出したかと思うと、福永さんの手首を掴み、わたしの手から引き剥がした。
「いったーい! ちょっと、なにするの?」
掴まれた箇所をもう一方の手で押さえ、眦を決して平間さんを見据える。平間さんはそれには取り合わず、福永さんに代わってわたしの手を握った。その優しい力強さに、さり気なくわたしの腰に添えられたもう片方の手に、鼓動が速くなる。
「増田、行こう。こいつらと一緒にいたら不幸になる」
平間さんは歩き出す。手を握られているので、必然にわたしも歩くことになる。引っ張る力は強いが、強引さはない。平間さんの手は大きく、温かい。
「なんなの、こいつ。保護者かよ」
通り過ぎるわたしたちに向かって、福永さんは忌々しげに吐き捨てた。平間さんは横目で彼女を睨んだが、それ以上のことはしなかった。憎悪に燃える眼差しが追跡してくるのを背中にひしひしと感じながら、わたしは平間さんとともに噴水広場をあとにした。
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