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過去について
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「平間さん」
広場を発って数分後、わたしは言葉を絞り出した。平間さんは足を緩めてこちらを向く。わたしたちが現在歩いているのは、人通りのない住宅街の細道だ。
「あの、さっきは――」
あっ、という声が平間さんの口からこぼれ、わたしの手を握っていた右手が離れる。
「ごめん。暑苦しいのに、ずっと握ったままで」
「ううん、そんなことはない。助けてくれて、ありがとう。平間さんが毅然とした対応をとってくれていなかったら、平間さんが言ったように、不幸な目に遭っていたと思う」
「お礼は別にいいよ。当然のことをしたまでだから」
いつも通りの淡々とした口調だが、声にどこか元気がない。
「増田。確認なんだけど、広場で絡んできたあいつら、あれが増田の小説を馬鹿にした連中?」
首の動きで肯定する。平間さんは憂鬱そうに溜息をついた。
「そっか。……増田、ごめんね」
「どうして謝るの?」
「増田は福永のグループから、日常的に辛い目に遭わされているんだろう。今日の出来事がきっかけで、あいつらは増田にもっと酷いことをするようになるかもしれない。私がもう少し穏便に対応していれば……」
福永さんの、平間さんを睨む目の鋭さ。去りゆくわたしたちに浴びせた声に込められた憎悪。それが再び向けられることがあるとすれば、福永さんに立ち向かった平間さんではなく、無抵抗に等しかったわたしに違いない。
そのことも勿論、気がかりだ。でも今は、それ以上に気になることがある。どうしても確認しておきたいことがある。
「平間さん」
わたし、平間さん、という順番で足が止まる。悪意のない発言に顔をしかめたり、声を荒らげたりする人ではないとは分かってはいたが、心臓が早鐘を打つのを抑えられない。
「一つだけ、質問してもいいかな。福永さんが言っていた、中学二年生の時の暴力事件……。それって、本当にあったことなの?」
返事はない。俯き、口を噤んでいる。不躾な質問をしてしまっただろうか。気を悪くさせてしまっただろうか。緊迫した沈黙が流れる。
「ごめん。それ、話したくない」
平間さんは視線を足元に落としたまま答えた。緊張感に耐え切れず、質問したことを謝罪しようとした矢先の返答だった。
「なにがなんでも話したくないわけじゃないんだけど、今はそんな気分じゃない。自分なりに考えを整理したい、というのもあるし」
顔が持ち上がり、こちらを向く。少し疲れたような、どこか弱々しい微笑みが浮かんでいる。
「また今度――いや、今度っていうか、そうだな。明日の昼、一緒に食事しながら話したいんだけど、どうかな?」
また昼食をともにすることになった。しかも平間さんから誘ってくれた。本来ならば喜ぶべき出来事なのだが、話の流れが流れだけに、表情を緩めることさえ憚られる。
「うん、分かった。その時まで待つよ」
「ありがとう。――増田」
いきなりわたしの肩を両手で掴み、真剣な眼差しで顔を凝視する。目が合った、というより、半ば強引に合わせられた瞬間、わたしの体は再び燃え上がった。視線を逸らそうとしたが、逸らせない。
「私がいることを忘れないで。あいつらになにかされたら、あれこれ考えずに私に頼って。分かった?」
「……うん、分かった」
返事からワンテンポ遅れて、平間さんは口元を綻ばせた。肩から両手が外れる。
「じゃあ、また明日」
軽く手を上げ、平間さんは駆け足で去っていく。咄嗟に呼び止めたが、立ち止まることも、振り向くこともなかった。
広場を発って数分後、わたしは言葉を絞り出した。平間さんは足を緩めてこちらを向く。わたしたちが現在歩いているのは、人通りのない住宅街の細道だ。
「あの、さっきは――」
あっ、という声が平間さんの口からこぼれ、わたしの手を握っていた右手が離れる。
「ごめん。暑苦しいのに、ずっと握ったままで」
「ううん、そんなことはない。助けてくれて、ありがとう。平間さんが毅然とした対応をとってくれていなかったら、平間さんが言ったように、不幸な目に遭っていたと思う」
「お礼は別にいいよ。当然のことをしたまでだから」
いつも通りの淡々とした口調だが、声にどこか元気がない。
「増田。確認なんだけど、広場で絡んできたあいつら、あれが増田の小説を馬鹿にした連中?」
首の動きで肯定する。平間さんは憂鬱そうに溜息をついた。
「そっか。……増田、ごめんね」
「どうして謝るの?」
「増田は福永のグループから、日常的に辛い目に遭わされているんだろう。今日の出来事がきっかけで、あいつらは増田にもっと酷いことをするようになるかもしれない。私がもう少し穏便に対応していれば……」
福永さんの、平間さんを睨む目の鋭さ。去りゆくわたしたちに浴びせた声に込められた憎悪。それが再び向けられることがあるとすれば、福永さんに立ち向かった平間さんではなく、無抵抗に等しかったわたしに違いない。
そのことも勿論、気がかりだ。でも今は、それ以上に気になることがある。どうしても確認しておきたいことがある。
「平間さん」
わたし、平間さん、という順番で足が止まる。悪意のない発言に顔をしかめたり、声を荒らげたりする人ではないとは分かってはいたが、心臓が早鐘を打つのを抑えられない。
「一つだけ、質問してもいいかな。福永さんが言っていた、中学二年生の時の暴力事件……。それって、本当にあったことなの?」
返事はない。俯き、口を噤んでいる。不躾な質問をしてしまっただろうか。気を悪くさせてしまっただろうか。緊迫した沈黙が流れる。
「ごめん。それ、話したくない」
平間さんは視線を足元に落としたまま答えた。緊張感に耐え切れず、質問したことを謝罪しようとした矢先の返答だった。
「なにがなんでも話したくないわけじゃないんだけど、今はそんな気分じゃない。自分なりに考えを整理したい、というのもあるし」
顔が持ち上がり、こちらを向く。少し疲れたような、どこか弱々しい微笑みが浮かんでいる。
「また今度――いや、今度っていうか、そうだな。明日の昼、一緒に食事しながら話したいんだけど、どうかな?」
また昼食をともにすることになった。しかも平間さんから誘ってくれた。本来ならば喜ぶべき出来事なのだが、話の流れが流れだけに、表情を緩めることさえ憚られる。
「うん、分かった。その時まで待つよ」
「ありがとう。――増田」
いきなりわたしの肩を両手で掴み、真剣な眼差しで顔を凝視する。目が合った、というより、半ば強引に合わせられた瞬間、わたしの体は再び燃え上がった。視線を逸らそうとしたが、逸らせない。
「私がいることを忘れないで。あいつらになにかされたら、あれこれ考えずに私に頼って。分かった?」
「……うん、分かった」
返事からワンテンポ遅れて、平間さんは口元を綻ばせた。肩から両手が外れる。
「じゃあ、また明日」
軽く手を上げ、平間さんは駆け足で去っていく。咄嗟に呼び止めたが、立ち止まることも、振り向くこともなかった。
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