レム

阿波野治

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 ただ一つ、違うところがある。
 七海は泣いている。声を上げずに涙を流しながら、ときどき洟をすすり上げる、という泣きかたで。

 彼女はおもむろに凪のほうを向いた。涙を拭おうとはしない。泣き顔を恥じらい、隠そうとする素振りは見られない。唇が動いた。

「凪くんが醜いわたしを選んだから、わたしは死ななければいけなくなった」

 先ほどまで見ていた夢のことを言っているのだ、と察した。ただ、その発言がなにを意味しているのかまではわからない。
 そもそも、他人が見た夢を把握しているというのは、どういうことなのか。
 まさか、これも七海が誘発した「不思議な現象」?

 そして、「わたしは死ななければいけなくなった」という宣言。
 泣いているとはいえ、取り乱しているわけではないのに、きっぱりとそう宣言した。
 ということは、つまり――。

「ごめんね、凪くん。嫌だけど、怖いけど、わたしは死ななければいけないの」

 突然、七海の体が赤いものに包まれた。
 凪の脳裏に、七海と出会ったときの光景――大量の血を吐いて横たわる彼女の姿が甦った。その映像は一瞬で消滅し、あざやかな赤が視界を埋めつくした。
 炎だ。

 凪は椅子を蹴って立ち上がり、何歩か後ずさりした。
 炎に焼かれるのは恐ろしい。誰だってそうであるように、凪だってそうだ。
 しかし、苦しんでいる七海を放ってはおけない。放っておくわけにはいかない。
 ――助けないと!

「七海! 七海!」

 もしできるなら、炎を両手でかきわけて七海に駆け寄り、救い出したかった。しかし、恐怖がじゃまをする。ナースコールで助けを呼ぼうかとも考えたが、ボタンはすでに炎の中にあって手を出せない。
 凪が狼狽しているあいだにも、火の勢いは見る見る強まる。もはや、彼一人の力ではどうしようもない。助けを呼ぶべきだ。病室を飛び出そうとすると、

「凪くん、待って」

 驚いて振り向いた。凪の目に映ったのは、灼熱の炎に焼かれながら、ベッドの上で正座をしている七海の姿。燃え盛る炎のせいで表情が読みとりにくいが、泣きやんでいる。炎の中にいるのに、まったく熱がっていない。
 彼女は折り鶴を折っている。普段となに一つ変わらない、熟練した指づかいで。

「やっぱり折り鶴を折るのはいいね。心が落ち着くから、死ぬことなんて怖くなくなっちゃった」

 七海の口ぶりは、まるで我が身を焼き尽くそうとするものに包まれてなどいないかのようだ。凪は困惑しながらも、叫ばずにはいられない。

「なにやってるんだよ、七海。どう考えても、折り紙遊びをしている場合じゃないだろう。君は今、炎に焼かれているんだよ。熱いでしょ? 痛いでしょ? 苦しいでしょ?」
「ううん、全然」

 軽やかな返答だった。声からは、恐怖も、不安も、無理をしている様子も感じられない。
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