43 / 55
炎
しおりを挟む
ただ一つ、違うところがある。
七海は泣いている。声を上げずに涙を流しながら、ときどき洟をすすり上げる、という泣きかたで。
彼女はおもむろに凪のほうを向いた。涙を拭おうとはしない。泣き顔を恥じらい、隠そうとする素振りは見られない。唇が動いた。
「凪くんが醜いわたしを選んだから、わたしは死ななければいけなくなった」
先ほどまで見ていた夢のことを言っているのだ、と察した。ただ、その発言がなにを意味しているのかまではわからない。
そもそも、他人が見た夢を把握しているというのは、どういうことなのか。
まさか、これも七海が誘発した「不思議な現象」?
そして、「わたしは死ななければいけなくなった」という宣言。
泣いているとはいえ、取り乱しているわけではないのに、きっぱりとそう宣言した。
ということは、つまり――。
「ごめんね、凪くん。嫌だけど、怖いけど、わたしは死ななければいけないの」
突然、七海の体が赤いものに包まれた。
凪の脳裏に、七海と出会ったときの光景――大量の血を吐いて横たわる彼女の姿が甦った。その映像は一瞬で消滅し、あざやかな赤が視界を埋めつくした。
炎だ。
凪は椅子を蹴って立ち上がり、何歩か後ずさりした。
炎に焼かれるのは恐ろしい。誰だってそうであるように、凪だってそうだ。
しかし、苦しんでいる七海を放ってはおけない。放っておくわけにはいかない。
――助けないと!
「七海! 七海!」
もしできるなら、炎を両手でかきわけて七海に駆け寄り、救い出したかった。しかし、恐怖がじゃまをする。ナースコールで助けを呼ぼうかとも考えたが、ボタンはすでに炎の中にあって手を出せない。
凪が狼狽しているあいだにも、火の勢いは見る見る強まる。もはや、彼一人の力ではどうしようもない。助けを呼ぶべきだ。病室を飛び出そうとすると、
「凪くん、待って」
驚いて振り向いた。凪の目に映ったのは、灼熱の炎に焼かれながら、ベッドの上で正座をしている七海の姿。燃え盛る炎のせいで表情が読みとりにくいが、泣きやんでいる。炎の中にいるのに、まったく熱がっていない。
彼女は折り鶴を折っている。普段となに一つ変わらない、熟練した指づかいで。
「やっぱり折り鶴を折るのはいいね。心が落ち着くから、死ぬことなんて怖くなくなっちゃった」
七海の口ぶりは、まるで我が身を焼き尽くそうとするものに包まれてなどいないかのようだ。凪は困惑しながらも、叫ばずにはいられない。
「なにやってるんだよ、七海。どう考えても、折り紙遊びをしている場合じゃないだろう。君は今、炎に焼かれているんだよ。熱いでしょ? 痛いでしょ? 苦しいでしょ?」
「ううん、全然」
軽やかな返答だった。声からは、恐怖も、不安も、無理をしている様子も感じられない。
七海は泣いている。声を上げずに涙を流しながら、ときどき洟をすすり上げる、という泣きかたで。
彼女はおもむろに凪のほうを向いた。涙を拭おうとはしない。泣き顔を恥じらい、隠そうとする素振りは見られない。唇が動いた。
「凪くんが醜いわたしを選んだから、わたしは死ななければいけなくなった」
先ほどまで見ていた夢のことを言っているのだ、と察した。ただ、その発言がなにを意味しているのかまではわからない。
そもそも、他人が見た夢を把握しているというのは、どういうことなのか。
まさか、これも七海が誘発した「不思議な現象」?
そして、「わたしは死ななければいけなくなった」という宣言。
泣いているとはいえ、取り乱しているわけではないのに、きっぱりとそう宣言した。
ということは、つまり――。
「ごめんね、凪くん。嫌だけど、怖いけど、わたしは死ななければいけないの」
突然、七海の体が赤いものに包まれた。
凪の脳裏に、七海と出会ったときの光景――大量の血を吐いて横たわる彼女の姿が甦った。その映像は一瞬で消滅し、あざやかな赤が視界を埋めつくした。
炎だ。
凪は椅子を蹴って立ち上がり、何歩か後ずさりした。
炎に焼かれるのは恐ろしい。誰だってそうであるように、凪だってそうだ。
しかし、苦しんでいる七海を放ってはおけない。放っておくわけにはいかない。
――助けないと!
「七海! 七海!」
もしできるなら、炎を両手でかきわけて七海に駆け寄り、救い出したかった。しかし、恐怖がじゃまをする。ナースコールで助けを呼ぼうかとも考えたが、ボタンはすでに炎の中にあって手を出せない。
凪が狼狽しているあいだにも、火の勢いは見る見る強まる。もはや、彼一人の力ではどうしようもない。助けを呼ぶべきだ。病室を飛び出そうとすると、
「凪くん、待って」
驚いて振り向いた。凪の目に映ったのは、灼熱の炎に焼かれながら、ベッドの上で正座をしている七海の姿。燃え盛る炎のせいで表情が読みとりにくいが、泣きやんでいる。炎の中にいるのに、まったく熱がっていない。
彼女は折り鶴を折っている。普段となに一つ変わらない、熟練した指づかいで。
「やっぱり折り鶴を折るのはいいね。心が落ち着くから、死ぬことなんて怖くなくなっちゃった」
七海の口ぶりは、まるで我が身を焼き尽くそうとするものに包まれてなどいないかのようだ。凪は困惑しながらも、叫ばずにはいられない。
「なにやってるんだよ、七海。どう考えても、折り紙遊びをしている場合じゃないだろう。君は今、炎に焼かれているんだよ。熱いでしょ? 痛いでしょ? 苦しいでしょ?」
「ううん、全然」
軽やかな返答だった。声からは、恐怖も、不安も、無理をしている様子も感じられない。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
魔王様のお掃除奮闘記
鈴花
ホラー
サラリーマン佐田透は召喚に巻き込まれて魔王であるサタンと入れ替わってしまった。
休むはずの部屋には、足の踏み場もない程積み重なったゴミ。
あまりに汚すぎる魔王城を綺麗にしていたら、何故かあちこちから懐かれて!?
透は中身が人間だと気付かれずに元の身体に戻ることは出来るのか――?
小説家になろうの方にも投稿してます。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる