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診察を受けてみた
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元の場所に腰を下ろした直後、スガタさんが診察室から出てきた。スガタさんが診察を受けていた時間は十分弱。スガタさんと僕の間には二人いるから、合計三十分待たされる計算になる。予約を入れたのに、なぜ半時間も待たなければならないのかは謎だが、待ち時間としてはぎりぎり許容範囲内なので不問に付すことにする。
ゴスロリ女史に倣ってスマホを取り出し、ネットサーフィンをして暇を潰していると、診察室のドアが開き、
「ニシハラさん」
タケダさんの先輩に名前を呼ばれたので、返事をして椅子から立ち上がり、診察室に入った。
中は体の病気を診る病院のそれと同じような雰囲気で、デスクトップ型のパソコンが置かれた、机ではなくデスクと呼びたいデスクに向かっているのは、バーコードヘアの男性。背もたれ肘掛けつきの黒革の椅子が音を立てずに回転し、昭和チックな丸眼鏡をかけた初老の顔がこちらを向いた。これにちょび髭がついていたら完璧だった、そんな顔貌だ。ネームプレートには「ミヤグニ」とある。
「どうぞお掛けください」
温和な笑顔と共に椅子を勧められたので、腰を下ろす。
「今日はどうされましたか?」
柔らかさと威厳を兼ね備えた、落ち着きのある声でミヤグニ医師は尋ねた。
「あのですね、ちょっと僕、今無職なんですよ。無職っていうか、働く気がないから、まあニートですね。大人は働くのが当たり前だ、労働は日本国民の義務だということは頭では分かっているんですけど、全然働く気が起きないんですよ。それで、これはちょっとおかしいんじゃないかと思ったんです。働かなきゃいけないと頭では分かっているのに働く気になれないのはおかしいんじゃないか、心の病気なんじゃないかと」
「現在は働いてない、ということですが、働いたご経験は?」
「ありますよ。高校を卒業してから二十歳になるまでずっとフリーターをやっていて、ニートになったのは三年前からです。なにかきっかけがあって働かなくなったとか、そういうことではないんですけど」
「はあ、はあ。なるほど、なるほど……」
ミヤグニ医師は椅子を九十度回して片手でキーボードを打ち、すぐに体の向きを戻した。
「ニシハラさん、最近体調はどんな感じですか?」
「はあ、体調」
「頭痛がするとか、食欲がないとか」
「ないですね。体は至って健康です」
「では、精神状態の方はどうですか? なんとなく憂鬱だとか、些細なことで落ち込むとか」
「ないですね、そういうのは。まあ、心療内科へ行くと決めた時は、嫌だな、とちょっと思いましたけど。……あ、心療内科へ行くのが嫌だなんて、心療内科のお医者さんの前で言うことじゃないですね」
「いえ、いえ。いいんですよ、いいんですよ……」
ミヤグニ医師の笑顔は微動だにしない。
「心療内科へ行くと決めて、どうして嫌な気持ちになったんですか?」
「うーん、どう言ったらいいんだろう。働かなきゃいけないと頭では分かっているんだけど働く気になれないのはもしかすると病気だからじゃないかな、という思いがあるのは確かなんですけど、いやいや病気なわけないじゃん、という思いも同時にあって、だから治療とか通院とか、そういうのは大げさだなっていうか、抵抗があるっていうか、そんな感じです、はい」
「はあ、はあ。なるほど、なるほど……」
ミヤグニ医師は再びパソコンの方を向いてキーボードをかたかたっとやり、体の向きを戻す。
「では、不安が和らぐお薬を一週間分出しておきますね。一日二錠、朝と晩の食後に飲んでください。一週間様子を見て、症状が改善しないようであれば、またいらしてください」
「不安が和らぐ薬? それ、どういう薬なんですか」
「不安が和らぐお薬というのは、不安が和らぐ薬のことです」
「はあ」
「では、お大事に」
診察室を後にし、椅子に座って待っていると二分ほどでタケダさんに名前を呼ばれた。診察代と引き換えに診察カードと処方箋を受け取り、
「お大事に」
「ありがとうございました」
「ミヤグニ心療内科」を出てエレベーターで一階まで降り、隣の薬局に処方箋を提出。不安が和らぐ薬を受け取り、
「お大事に」
「ありがとうございました」
真っ直ぐに帰宅した。
ゴスロリ女史に倣ってスマホを取り出し、ネットサーフィンをして暇を潰していると、診察室のドアが開き、
「ニシハラさん」
タケダさんの先輩に名前を呼ばれたので、返事をして椅子から立ち上がり、診察室に入った。
中は体の病気を診る病院のそれと同じような雰囲気で、デスクトップ型のパソコンが置かれた、机ではなくデスクと呼びたいデスクに向かっているのは、バーコードヘアの男性。背もたれ肘掛けつきの黒革の椅子が音を立てずに回転し、昭和チックな丸眼鏡をかけた初老の顔がこちらを向いた。これにちょび髭がついていたら完璧だった、そんな顔貌だ。ネームプレートには「ミヤグニ」とある。
「どうぞお掛けください」
温和な笑顔と共に椅子を勧められたので、腰を下ろす。
「今日はどうされましたか?」
柔らかさと威厳を兼ね備えた、落ち着きのある声でミヤグニ医師は尋ねた。
「あのですね、ちょっと僕、今無職なんですよ。無職っていうか、働く気がないから、まあニートですね。大人は働くのが当たり前だ、労働は日本国民の義務だということは頭では分かっているんですけど、全然働く気が起きないんですよ。それで、これはちょっとおかしいんじゃないかと思ったんです。働かなきゃいけないと頭では分かっているのに働く気になれないのはおかしいんじゃないか、心の病気なんじゃないかと」
「現在は働いてない、ということですが、働いたご経験は?」
「ありますよ。高校を卒業してから二十歳になるまでずっとフリーターをやっていて、ニートになったのは三年前からです。なにかきっかけがあって働かなくなったとか、そういうことではないんですけど」
「はあ、はあ。なるほど、なるほど……」
ミヤグニ医師は椅子を九十度回して片手でキーボードを打ち、すぐに体の向きを戻した。
「ニシハラさん、最近体調はどんな感じですか?」
「はあ、体調」
「頭痛がするとか、食欲がないとか」
「ないですね。体は至って健康です」
「では、精神状態の方はどうですか? なんとなく憂鬱だとか、些細なことで落ち込むとか」
「ないですね、そういうのは。まあ、心療内科へ行くと決めた時は、嫌だな、とちょっと思いましたけど。……あ、心療内科へ行くのが嫌だなんて、心療内科のお医者さんの前で言うことじゃないですね」
「いえ、いえ。いいんですよ、いいんですよ……」
ミヤグニ医師の笑顔は微動だにしない。
「心療内科へ行くと決めて、どうして嫌な気持ちになったんですか?」
「うーん、どう言ったらいいんだろう。働かなきゃいけないと頭では分かっているんだけど働く気になれないのはもしかすると病気だからじゃないかな、という思いがあるのは確かなんですけど、いやいや病気なわけないじゃん、という思いも同時にあって、だから治療とか通院とか、そういうのは大げさだなっていうか、抵抗があるっていうか、そんな感じです、はい」
「はあ、はあ。なるほど、なるほど……」
ミヤグニ医師は再びパソコンの方を向いてキーボードをかたかたっとやり、体の向きを戻す。
「では、不安が和らぐお薬を一週間分出しておきますね。一日二錠、朝と晩の食後に飲んでください。一週間様子を見て、症状が改善しないようであれば、またいらしてください」
「不安が和らぐ薬? それ、どういう薬なんですか」
「不安が和らぐお薬というのは、不安が和らぐ薬のことです」
「はあ」
「では、お大事に」
診察室を後にし、椅子に座って待っていると二分ほどでタケダさんに名前を呼ばれた。診察代と引き換えに診察カードと処方箋を受け取り、
「お大事に」
「ありがとうございました」
「ミヤグニ心療内科」を出てエレベーターで一階まで降り、隣の薬局に処方箋を提出。不安が和らぐ薬を受け取り、
「お大事に」
「ありがとうございました」
真っ直ぐに帰宅した。
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