さようなら、空色。

阿波野治

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 確信を込めて呟いたのと同時、鉱石からの歌声がやみ、ボックス内は静寂に包まれる。神々しいまでに荘厳で、少しでも気を緩めたとたんに身震いに襲われそうな、そんな静謐さだ。
 セリフを述べるときの声と比べて、力強い印象が前面に押し出されている。それでいて、攻撃的なわけでも、荒々しいわけでもない。漫然と聴き比べただけでは、二つの声は違う人物が発していると勘違いする者も少なくないだろう。

 歌が聞こえてきた瞬間に惹き込まれ、高い集中力をもって傾聴していた大地も、最初は別人ではないかと疑った。似ているのは確かだが、ソラを求めるあまり、ソラ本人だと思い込もうとしているだけなのでは、と。
 しかし、真偽を見極めるべく歌声と向き合っているうちに、不意に気がついた。
『アヴェ・マリア』を歌うソラは、セリフをしゃべるときのように、架空のキャラクターを演じているわけではない。二つが別人の声のように聴こえたのは、演技性の有無が要因だったのだ。
 つまり、『アヴェ・マリア』を歌うソラの声こそ、本来の彼女の声にもっとも近い。

 これまで大地は、自分がソラに惹かれる最大の要因は、相性のよさだと考えてきた。彼女の声は確かに美しいが、比類なき美声ではない。ただ、透明感や大人びた落ち着きといった、彼が快いと感じる要素を数多く含んでいる。ようするに、乃木大地という一個人にとってのナンバーワン。そう考えていた。
 しかし、『アヴェ・マリア』を聴いたことで認識は修正された。

 ソラは世界一の美声の持ち主だ。
 頂点に君臨する絶対的な歌姫だ。
 もっと歌声を聴きたい。もっと彼女のことを知りたい。彼女にまつわることなら、たとえ悪い噂だとしても構わないから。

 鉱石を握りしめたままでいることに、はたと気がつく。興奮状態だったから、冷めるまでには普段よりも時間がかかるかもしれない。もどかしさを感じながら元の場所に置く。
 酷く落ち着かない気分だ。長めに見積もるとして、かかる時間は三分? 五分? それとも十分は待たされる? とてもではないが、この場でじっとしていられない。他のボックスにもソラの声が紛れていないか、探してみようか。

 などと考えているうちに、『アヴェ・マリア』を収めた鉱石が未分類ボックスに置かれている事実を思い出した。
 未分類? 正体不明?
 とんでもない! この歌声の主は、ソラだ。セリフを言うときの声とは少し雰囲気が違うので分かりにくいが、確実にソラだ。本名が定かではないのだから、番号で呼ばれるのは仕方ない。しかし、番号さえ割り振られないその他大勢のボックスに放置されているというのは、黙っていられない。

「……時田さんに」
 報告しないと。『アヴェ・マリア』を歌う女性の声が入った空色の鉱石は、未分類ボックスの有象無象に埋もれていますが、307の声で間違いありません。そう伝えないと。展示場所の変更を願い出ないと。
 空色の鉱石を再び手にとる。ボックスから飛び出そうとして、急ブレーキをかける。――これではまるで窃盗犯じゃないか。
 一つ息を吐いて石を戻し、今度こそ透明な箱から出る。
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