わたしと姫人形

阿波野治

文字の大きさ
4 / 91

初日 その4

しおりを挟む
「改めて、こんにちは」
「こんにちは」
「灰島家にようこそ。あなたは今日からこの家の家族の一員だから、そのつもりで振る舞ってくれていいよ。家族といっても、わたし一人だけだけどね。ここまでわたしが言っている意味、理解してくれた?」

 首肯。

「うん、賢いね。わたしの名前は灰島ナツキ。ナツキって呼んで」
「ナツキ」
「そう、ナツキ。それで、名前なんだけど」
「なまえ」
「わたしじゃなくて、あなたの名前ね。こんな名前がいい、こんな名前で呼んでほしいっていう希望、あるかな?」

 五秒ほど沈黙し、姫人形は小首を傾げた。ささいな仕草だが、しっかりと人間らしい動きだ。

「それじゃあ、姫っていう名前はどうかな。あなたは姫人形だから、そこから一文字とって名前にするの」
「姫……」
「そう、姫。だってほら、姫というのは、女の子の名前によく使われる漢字でもあるでしょ。あなたは髪の毛がピンク色だから、お姫さまっていうイメージだし。安直かもしれないけど、悪くはないんじゃないかな」

 姫人形は黙ってわたしの顔を見つめている。提案された名前が適当か否かを黙考しているのか。それとも、他の理由から呆然としているのか。表情から判断するのは難しい。感情があまり表に出ない子だという印象は、これまでのところある。 

「気に入ったならそれで決まり。それはちょっとって思うのなら、他にいい名前がないかをいっしょに考えよう。あなたはどう思う?」
「うん、いいよ。なまえ、姫がいい」

 姫人形――姫は一瞬、わずかながらも表情を緩めた。

「そっか。じゃあ、それで決定。姫、これからよろしくね」
 ほほ笑みかけると、わたしから目を逸らさずに小さくうなずくという、先ほども見せた反応が返ってきた。わたしたちを包んでいた緊張感はだいぶ薄らいできたように感じる。
 わたしはリビングの掛け時計を見上げる。午後六時五十分。

「もう晩ごはんの時間だね。姫がうちに来てくれたお祝いにごちそうを――と言いたいところだけど、料理を作るのはあまり得意じゃないんだ。食べに行くのもいいけど、個人的にはゆっくりしたい気分だから、家で食べたいかな。姫はどう思う?」

 首肯。

「それじゃあ、家で食べよう。おなかが空いていて今すぐ食べたいなら、カップ麺があるよ。待てるなら簡単なものを作るけど」
「ぼく、待てるよ。ちゃんと待てる」
「それじゃあ、今からわたしが作るね。お祝いに相応しい豪華な食事は無理だけど、全力を尽くすから。そのあいだ、姫は家の中を探検してくるといいよ」
「たんけん?」
「そう。家の中を順番に見て回って、どこになにがあるのか、自分の目でたしかめるの」
「いいの? 勝手にそんなことして」
「もちろん。姫はこの家の住人なんだから、自由に行き来して全然構わないよ。ただし、家の外には出ないことと、高い場所には上らないこと、この二つだけは守ってね。姫が危ない目に遭うといけないから」
「わかった」

 姫は静かに椅子から立ち、リビングから出て行った。心の高ぶりは感じられないが、命令されたから渋々従っている、という様子でもない。
 一つ息を吐き、料理の準備に取りかかる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...