わたしと姫人形

阿波野治

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四日目 その1

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 すんなりと寝つけなかったわりには、寝覚めは悪くなかった。
 母親との対話の件は、とりあえず保留にしよう。
 考えても、考えても、結論が導き出せなかったのが嘘のように、早々と方針を決定していた。
 逃げなのかもしれない。でも、現時点ではこれがベストな選択のはずだ。

 着替えようと立ち上がったところで、物音に反応したらしく、姫も目を覚ました。
 姫は睡眠と覚醒の切り替えが早い。目覚めて最初のあくびをしたと思ったら、次の瞬間にはさっぱりした表情になっている。どこかの誰かのように、いつまでも敷き布団と掛け布団のあいだに体を横たえ、寝ぼけ眼で虚空を見つめたりはしない。起床を促す役割を演じられないのは残念だ、という気は少しする。

「おはよう、姫」
「ナツキ、おはよう」
 ひと足先に自らの着替えを済ませ、姫の着替えを少し手伝う。こうして、わたしと姫がともに過ごす四日目が始まる。
 朝食はブルーベリージャムを塗った薄切りトーストに、ちぎった葉野菜と薄くスライスしたタマネギをドレッシングで和えたサラダを添え、飲み物はもちろんオレンジジュース。食べながら、今日一日の予定について話し合う。

「食料も少なくなってきたし、とりあえずスーパーマーケットで買い物かな。面倒なことは午前中に済ませておきたいし。首長竜を見に行くのはそのあと、昼ごはんを食べてからだね。姫が来てから外出続きだし、午後は家でゆっくりしようか。明日は『犬祭り。』があるし、体を休める意味でも」
 首長竜を見る機会さえ作ってくれるのであればあとはご自由に、という反応を姫が示したので、話は速やかにまとまった。


* * *
 

 午前十時十分。開店して間もないということもあり、スーパーマーケットの店内に客はそれほど多くない。
「欲しいものがあったら、遠慮なくかごに入れてね」
 プラスチック製の買い物かごを手に、順路に沿って歩く。メモはしてきていないが、買う商品はおおむね決めてある。姫の希望により追加される可能性、わたし自身が気まぐれから脳内メモを書き換える可能性、どちらもあるだろう。

 野菜をひととおり買い揃え、鮮魚コーナーでサーモンの切り身が二切れ入ったパックをかごに入れる。大きさも色も形の様々な魚たちを、興味深そうに眺めている姫を促し、通路を先へと進む。
 食事作りが億劫なときのために、インスタント食品を常備するようにしているが、買い足すのは控えた。姫が楽しく水やりできるように、プラスチック製のじょうろを新調する。愛飲しているオレンジジュースを忘れずに買う。菓子コーナーを通るさいに姫の歩調は緩んだが、なにもねだらなかった。わたしはこっそりとハート型のホワイトチョコレートをかごに入れた。
 締め括りに、朝食用のパンを買うためにベーカリーコーナーに立ち寄る。商品は剥き出しのまま陳列されていて、客が自らトングでビニール袋に入れる。専用のレジではなく、他の商品と同じレジで精算するルールだ。
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