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一
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野中拓真は軽快にフェンスを乗り越えて雑居ビルの七階から飛び降りた。
十三階にあるラーメン店に行こうとしていたはずが、衝動的に飛び降りていた。
頭を下にして地上へと墜落しながら、彼は自分が飛び降りた動機についての考察を開始する。
真っ先に脳裏に浮かんだのは――。
***
夜が始まろうかという時間帯、拓真は万年床の上に胡坐をかき、塩味のカップ焼きそばを黙々とすすっている。
拓真は麺料理が好きだ。もっとも、大学進学を機に県外で一人暮らしを始めて以来、食事の大半をカップ焼きそばに頼るようになった件に関して、「好きだから」は副因。一番の理由は、味が好みで、なおかつ手軽に食べられる食品の中で唯一、長期間の保存がきくからだ。
入学からわずか二か月後には大学に行かなくなっていた。アパートの自室にひきこもってスマホで時間をつぶし、合間に食事や排泄を行い、眠くなれば眠る自堕落な日々。就寝時刻は日を追うごとに先送りにされ、知らず知らずのうちに夜型の生活スタイルが定着していた。
世界にとっての朝、彼にとっての就寝時間が近づくにつれて、拓真の精神状態は悪化していく。
長引くひきこもりがちな生活のせいで体力は低下しているから、ベッドに寝ころがってスマホをいじっているだけでも疲れてくる。一日中同じことをしていると、当然飽きる。スマホの充電だって無限ではない。充電中は考えごとでもするしかない。置かれている状況が状況だけに、議題がなんであれ心は次第に暗くなる。
後期日程はすでに始まっている。後期の授業料は支払い済みだ。
前期は欠席がかなり多かった。この調子で全日程が消化されれば、彼は必修の単位を落とす。この事実を当然把握している大学側は、拓真の両親に連絡をした。彼が盆に帰省したさいに家族会議が開かれた。
『拓真、お前は大学を卒業する気があるのか? お前が希望して入学した大学だろう。「小説を書く技術を学びたいから芸大に行きたい」とお前が言ったことを、父さんはちゃんと覚えているぞ。芸大は授業料が高い。親として、子どもの将来のために金を出すのは惜しまないが、うちは経済的に余裕があるわけじゃないから、出せるのは四年分までだ。自力で稼ぐという手もあるが、アルバイト経験のないお前が、学業のかたわら学費を稼ぐのは難しいんじゃないか。お前だって、せっかく第一志望の芸大に入学したんだから、卒業したいだろう? だったら、今後は真面目に授業に出席しなさい。約束するなら、後期の授業料は父さんが責任を持って出すが、約束できないなら大学は今すぐに辞めてもらう。拓真、お前はどうしたい?』
『……行くよ。夏休み明けからは真面目に授業を受けるって約束する』
取り決めを交わしたのに、改善できていない。それどころか、前はときどき出席していたのが、今ではまったくできていないのだから、悪化している。
今度もきっと学校側から両親に連絡がいくだろう。そうなれば絶対にまた家族会議だ。冬期休暇期間まではまだ間があるから、両親が拓真のアパートまで足を運ぶ形になるだろう。
買い置きのカップ焼きそばの容器が壁際に積み上げられた部屋で、今年の八月以来、約一か月ぶりとなる家族会議が開催される。二度目のそれは、雰囲気はあのとき以上に重苦しく、暗澹たるものになるに違いない。
内容はおそらく八月の焼き直しだ。出席する気がないなら大学を辞めろ。辞めたくないなら出席しろ。
僕はどう答えればいい?
大学にはもう行きたくない。学校という場に関わるのはもう懲り懲りだ。
では大学を自主退学したとして、僕はどうなる? 父はどうしろと命じる?
就職も進学もしたくない。だからといって、なにもせずにぶらぶらしているのが許されるはずがない。考えられる第四の道は、
「座敷牢……」
十三階にあるラーメン店に行こうとしていたはずが、衝動的に飛び降りていた。
頭を下にして地上へと墜落しながら、彼は自分が飛び降りた動機についての考察を開始する。
真っ先に脳裏に浮かんだのは――。
***
夜が始まろうかという時間帯、拓真は万年床の上に胡坐をかき、塩味のカップ焼きそばを黙々とすすっている。
拓真は麺料理が好きだ。もっとも、大学進学を機に県外で一人暮らしを始めて以来、食事の大半をカップ焼きそばに頼るようになった件に関して、「好きだから」は副因。一番の理由は、味が好みで、なおかつ手軽に食べられる食品の中で唯一、長期間の保存がきくからだ。
入学からわずか二か月後には大学に行かなくなっていた。アパートの自室にひきこもってスマホで時間をつぶし、合間に食事や排泄を行い、眠くなれば眠る自堕落な日々。就寝時刻は日を追うごとに先送りにされ、知らず知らずのうちに夜型の生活スタイルが定着していた。
世界にとっての朝、彼にとっての就寝時間が近づくにつれて、拓真の精神状態は悪化していく。
長引くひきこもりがちな生活のせいで体力は低下しているから、ベッドに寝ころがってスマホをいじっているだけでも疲れてくる。一日中同じことをしていると、当然飽きる。スマホの充電だって無限ではない。充電中は考えごとでもするしかない。置かれている状況が状況だけに、議題がなんであれ心は次第に暗くなる。
後期日程はすでに始まっている。後期の授業料は支払い済みだ。
前期は欠席がかなり多かった。この調子で全日程が消化されれば、彼は必修の単位を落とす。この事実を当然把握している大学側は、拓真の両親に連絡をした。彼が盆に帰省したさいに家族会議が開かれた。
『拓真、お前は大学を卒業する気があるのか? お前が希望して入学した大学だろう。「小説を書く技術を学びたいから芸大に行きたい」とお前が言ったことを、父さんはちゃんと覚えているぞ。芸大は授業料が高い。親として、子どもの将来のために金を出すのは惜しまないが、うちは経済的に余裕があるわけじゃないから、出せるのは四年分までだ。自力で稼ぐという手もあるが、アルバイト経験のないお前が、学業のかたわら学費を稼ぐのは難しいんじゃないか。お前だって、せっかく第一志望の芸大に入学したんだから、卒業したいだろう? だったら、今後は真面目に授業に出席しなさい。約束するなら、後期の授業料は父さんが責任を持って出すが、約束できないなら大学は今すぐに辞めてもらう。拓真、お前はどうしたい?』
『……行くよ。夏休み明けからは真面目に授業を受けるって約束する』
取り決めを交わしたのに、改善できていない。それどころか、前はときどき出席していたのが、今ではまったくできていないのだから、悪化している。
今度もきっと学校側から両親に連絡がいくだろう。そうなれば絶対にまた家族会議だ。冬期休暇期間まではまだ間があるから、両親が拓真のアパートまで足を運ぶ形になるだろう。
買い置きのカップ焼きそばの容器が壁際に積み上げられた部屋で、今年の八月以来、約一か月ぶりとなる家族会議が開催される。二度目のそれは、雰囲気はあのとき以上に重苦しく、暗澹たるものになるに違いない。
内容はおそらく八月の焼き直しだ。出席する気がないなら大学を辞めろ。辞めたくないなら出席しろ。
僕はどう答えればいい?
大学にはもう行きたくない。学校という場に関わるのはもう懲り懲りだ。
では大学を自主退学したとして、僕はどうなる? 父はどうしろと命じる?
就職も進学もしたくない。だからといって、なにもせずにぶらぶらしているのが許されるはずがない。考えられる第四の道は、
「座敷牢……」
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