ここはラガヌム星

阿波野治

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 ずっと学校が嫌いだった。
 中学二年生のとき、クラスメイトからいじめを受けて不登校になり、母に付き添われて心療内科のカウンセリングを受けた。
 心療内科医は拓真の心構え、両親の対応、どちらも責めなかったが、ためになるアドヴァイスも送らなかった。カウンセリングを受けに来ただけでも進歩、といったような、能天気な発言が多かった。
 いつ来ても診察待ちの患者で待合室は混雑していて、うんざりするくらい待ち時間が長い。やっと順番が来たと思うと、上面を撫でるようなやりとりを五分ほど交わしただけで、「今週も同じお薬をお出しするので、また来週同じ時間にお越しください」。処方される「緊張を和らげる薬」は服用すると眠気に襲われ、夕食後から入浴までの二時間、彼はベッドでうとうとしなければならない。

 息子の不登校に対する両親の危機感は、当時の拓真が考えていた以上に高かったらしい。中学校卒業後の進路として、父は「こんな学校はどうだ」と、山奥にある全寮制の高校のパンフレットを差し出した。ただ資料を取り寄せるだけではなく入念に調べてもいたようで、学校の特色について詳細に説明した。
 その殆どが拓真の関心の網目をすり抜けた。全寮制という、もっとも大きな特徴に意識が鋲止めされたからだ。
 息子は私たちの手には負えない。一家のお荷物だ。視界に入れたくない。厄介払いをしたい。学費だけは出すから遠く離れた土地で好き勝手にやってくれ。私たちはもうお前のことなんて知らない――。
 そんな両親の内心が見え透いた気がして、動揺してしまった。

 夏休みを利用して、車で二時間半かけて、家族三人で問題の高校に見学に行った。学び舎は本当に山の中にあった。周囲に人家や商業施設、公共交通機関の乗り場などはいっさい存在しない。
 嫌になっても逃げられないじゃないか、と思った。パンフレットによると寮は相部屋だそうだから、学校に行きたくなくなったとしても、自室にこもるという対抗手段はとれない。つまり、逃げ場がない。
 寮や校舎は新しくて清潔感があるが、どこか圧迫感を覚える。物理的に決して狭いわけではないが、ゆとりがあまり感じられない。

 真面目そうな生徒が多いのが少し意外だったが、一人一人に個性はあまり感じられない。施設の案内は在校生が受け持つことになっていて、野中家を担当した男子生徒は、顔立ちは幼いが大人びた口のきき方をした。少しでも誤解の余地の与えるような発言をすると、すぐに作り笑いと「あ、すみません」で取り繕った。
 とてもじゃないけど無理だ、と拓真は思った。
 男子生徒は拓真と五つも年齢差がないのに、老成した受け答えができている。しかし、全寮制の高校で教育を受ければ誰でもこうなれるとは彼には思えない。むしろその逆、とてもじゃないけど無理だ、と。
 案内役の男子生徒を含む四人で昼食をとったさいに、男子生徒が拓真の両親相手に無難に雑談をこなしたことで、その思いは強化された。

 昼食がカレーライスだったのも、拓真の心を陰らせる一因となった。好物に挙げる人間が多い人気料理だから、見学の日のメインに抜擢されたのだろうが、彼はあいにく好きではない。カレーの味自体は嫌いではないが、あまり煮込んでいないカレーが苦手なのだ。
 心身ともに大人な二人の大人と、精神的に大人な一人の子どもは、さも楽しそうに無駄話をしながら、さも美味しそうにカレーライスをぱくついている。
 親元を離れて、ストイックな生活を送りながら学業に励めば、好き嫌いなどというちっぽけなこだわりは消滅するのだろうか?
 だとしても、嫌だ。牢屋みたいな山奥の全高校になんて、行きたくない。たとえ食べるのが自分一人だとしても、惨めな気持ちは免れないのだとしても、僕はカレーうどんをすすっていたいんだ。
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