ここはラガヌム星

阿波野治

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 野中拓真はアスペルガーではない、と心療内科医は明言した。

 不登校に陥った拓真は母に心療内科に連れていかれ、診察を受けるようになった。
 無知ゆえの偏見から、彼は最初難色を示した。しかし通院を始めたのを機に、息子への父の攻撃が下火になったことで、一転して受け入れる気になった。待ち時間が長いのにも、医師の毒にも薬にもならない話にも、毎回うんざりさせられたが、どちらも耐えられる苦しみであり、痛みに過ぎない。
 四回目か五回目の来院時に、検査をしましょう、と医師が言った。毎回ろくに話を聞いていない拓真は、唐突な決定に感じられて狼狽した。混乱が冷めやらない中で検査が行われたため、なにを目的としたどんな検査だったのかさえも当日中に忘却してしまったほどだ。

 母がどのタイミングで、拓真の姉がアスペルガーだと医師に伝えたのかを、拓真は把握していない。ただ、母も医師も、拓真がアスペルガーかもしれないという疑惑を胸に自分を取り扱っていたのかと思うと、もやもやした気分ではあった。
 アスペルガーではないという診断に対しては、まあそうだろうな、というのが彼の率直な感想だ。
「死ぬためではなく、相手を威嚇するために切っている」とあっけらかんと言ってのけて敢行するリストカット。想定外の事態に直面したさいの常軌を逸した激高。社会生活を送るにあたっての初歩的なルールに対する無頓着さ。
 拓真から見た姉の振る舞いは、異星人のそれ以外のなにものでもなかった。彼女の異常行動は発達障害に起因するものだと診断されるまで、姉とは一生分かり合えないと本気で思っていた。

『実はお姉ちゃん、この前病院に行ったらアスペルガー症候群って診断されてね』
 当時、拓真はまだ小学生。学校から帰宅して床にランドセルを投げ出し、食品庫から菓子を選んでいたときに、ダイニングテーブルで家計簿をつけていた母にそう告げられた。
 拓真はアスペルガーのなんたるかはまだ知らなかったが、発達障害の一種だということは辛うじて知っていた。

 スナック菓子を手に自室に戻った彼は、スマホでアスペルガー症候群について調べてみた。ウィキペディアで予習したあとで、広告が嫌というほど貼りつけられた一般向け医学系サイトを巡る。菓子はスマホを手にする前に一つつまんだきり、見向きもせずに。
 小一時間、情報と格闘した。理解できたようでもあったし、理解できないままのようでもあった。
 一しかなかった知識を二十や三十にしたい気持ちはあったが、百にするのは怖い。調査は拓真からすれば中途半端な形で打ち切りとなった。
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