こちらの世界で、がんばる。

阿波野治

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 俺も妻も浮気には興味がない。ただ、パートナーが本当にそうなのかは少し気になる。少なくとも俺はそうだ。
 庭に生えた雑草をむしるように、定期的にそれとなく探りを入れたが、いかがわしい情報は出てこなかったし、隠している素振りも見られなかった。俺からの追及を鬱陶しがる、ということもない。定期的に実施されているイベントだ、という認識すらないようだった。つまり、正真正銘していなかったのだろう。

 浮気をしていない証拠としては弱いかもしれないが、妻は外出するさい、とにかく俺を伴いたがった。季節にも、時間帯にも、行き先にかかわらず、「龍くん、行こう」と俺に声をかける。なんらかの理由を持ち出して渋ろうものなら、オモチャを買ってもらえない幼児のような強情さで要求を通そうとした。

 結婚した年のクリスマスイブもそうだった。

 パートナーに贈るクリスマスプレゼントが、互いにまだ決まっていないという状況で、街を歩きながら考えよう、と妻は提案した。寒いから嫌だ、と俺は難色を示した。しかし、妻の方から提案したときはたいていそうであるように、強引さに押し切られて家を出た。午後八時過ぎのことだ。

 駅前に近づくにつれて通行人が増えていったが、増加の曲線はいつもよりも急だ。耐えがたい寒さではないが、コンビニエンスストアに立ち寄り、一個のピザまんを分け合って食べる。双方ともに肉まんが第一希望、あんまんが第二希望だったが、他の客たちにとっても第一希望と第二希望、あるいは第二希望と第一希望だったらしく、どちらも売り切れていたのだ。不人気のピザまんなんて取り扱わないで、肉まんとあんまんだけ売ればいいのに。夫婦の意見は一致したが、味に関しては文句一つ言わずに、あっという間に平らげた。

 食べ終わると、駅前に直行した。店々を冷やかしたが、これという商品には巡り合えない。
 早々にプレゼント選びを切り上げ、駅前広場の噴水に腰を下ろした。正確には、正円形のそれを囲うように設置された木製のベンチに。冬場でも噴水は平常運転している。水飛沫を振りまいて寒々しいからか、座っている者はあまりいない。

「現金でいいんじゃない? クリスマスプレゼント」
 腰を落ち着けて早々、妻が意見を口にした。投げやりにというよりは、候補には入っていたが真剣に検討されていなかった案の存在を不意に思い出し、積極的にでも消極的にでもなく推すような口振りだった。俺は露骨に顔を歪めた。

「それ、マジで言ってんの? わざわざクソ寒い中を歩いたってのに、その結論って」
「だってなんでも化けるもん。万能だよ、万能。こんこんこん!」

 妻は側頭部の両サイドで人差し指を立てて、愛嬌のある顔をしてみせる。鳴き真似をしていなかったならば、なんの動物かは永遠に分からなかっただろう。雑すぎる演技が却って微笑ましく、思わず笑みがこぼれた。妻もにこにこしている。
 現金。酷評こそしたが、アイデアの方向性は悪くない。アイデアの方向性自体は。

「金もいいけど、ちょっと味気ないからさ、もう一捻り加えようぜ。たとえば、肩叩き券みたいな」
「券? どういうこと? 興味深い!」
 妻は身を乗り出して食いついてきた。

「要するに、相手が望む行為を事前に調査するの。で、その行為を無料でしてもらえる券をプレゼントとして渡すわけ。たとえば、『トイレ掃除券』とか。その券をお前が使ったとすれば、本来ならお前がトイレ掃除をする当番だったとしても、せっせと便器を磨くのは俺の役目になる、ということね」
「なるほど! 『郵便受けから朝刊を回収する券』とか、そんな感じ?」
「そうそう」

 俺たちは様々な案を出し合った。「肩揉んで」と命じたら、つべこべ言わずに揉む券。料理を作る当番じゃなくても「ちょっと手伝って」と言ったら、本当にちょっとでいいから手伝う券。相手にも気持ちよくなってもらうことの大切さを肝に銘じてセックスに臨む券。
 全て思い出せないほど大量の案が出た。あまりにも盛り上がりすぎて、妻が女子高生のような笑い声を上げたため、通行人から「なにあれ?」という目で見られる、などという一幕もあった。

 しかし、全く気にならなかった。小馬鹿にする眼差しも、寒さも、クリスマスイブになってもクリスマスプレゼントを決められない自分たちも。
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