こちらの世界で、がんばる。

阿波野治

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 ただ、案が無尽蔵に湧くが故に、最終決定になかなか至らないことが唯一の欠点に思われた何々券というアイデアにも、もう一つの見逃せない重大な欠点が隠されていた。券に記したいと俺たちが願った指令は、ことごとくささやかなものだったために、案として挙げただけで満足感を得てしまい、「それをクリスマスプレゼントにするのはどうなの?」という気分になったのだ。

「うーん、なんかいまいちだねぇ」

 妻は深夜十一時半まで起きている小学生のような顔であくびをし、視線を前方へと転じた。俺たちの前方を行き交っているのは、コートを着込んだ老若男女。人々はこの寒さにもかかわらず、ゆったりとした歩調で歩いていて、おおむね悩みなんて抱えていなさそうな顔をしている。

 そう見えるのは、俺たちが今幸せだからだ、と俺は考える。
 人は己が幸せなとき、他人も幸せな顔を見せることを望む。不幸そうな顔を見ると、手中に収めている幸せが萎えてしまうから。望むが故に、普通の顔をしている人間が幸せに見えたり、不幸な顔をしている者が普通の顔をしているように見えたりする。
 恋人にふられたばかりで、人通りの多い場所には行きたくないが、一人で家にこもっていると憂鬱な気分に押し潰されそうだから、仕方なく駅前を歩いている。そんな事情を抱えた人間も中にはいるはずなのに、通行人は一人残らず幸せそうに見えた。不幸そうな面を下げて歩いているやつをわざわざ探しても、見つけられなかった。
 それほどまでに、俺たちは幸せだった。

「もうさ、このさいだからさ、ごはんにしようよ、ごはんに」
 唐突に、妻が沈黙を破った。

「プレゼントなんて言うと、綺麗にラッピングされた箱をイメージするけど、なにも物にこだわる必要はなくない? お互いのとっておきのお店で食事をして、それがプレゼントってことにすればいいんだよ。相手が行ったことがないし、他の人もあまり知らないような、隠れ家的な、穴場的な、そういう系のお店を紹介し合うの。どう? 名案じゃない?」

 妻の視線は俺ではなく、自らの前方を低速で通過する男女二人組に注がれている。高校生だろうか。どこからどう見ても恋人同士で、肉まんかあんまんかピザまんを食べている。ただし、俺たちとは違って一人一個。若いから食欲があるのか、俺たちがケチくさいだけか。まあ、前者ということにしておこう。

「そうだな。普通なら外食もしてプレゼントも用意するんだろうけど、思いつかないならそれも悪くない、かな。でも、あんまり知らないなぁ、飯食う店」
「探せば一軒くらいあるでしょ」
「多分な。この広場で落としたコンタクトを拾うよりは簡単だと思う」
「割れると思うよ、通行人に踏まれて。ていうか、龍くんってコンタクトしてたっけ? 隠れコンタクト男子?」
「いや、たとえだからね、たとえ。そういうお前は心当たりあるの?」
「うん。東町にあるネギ料理専門店なんだけどね、材料ほぼネギだけの緑一色のスープが――」
「アホ、ネタバレすんな。どんだけ空気読めないんだ、お前は」
「あー、アホって言った! IQにそんなに差はないのにぃ」

 なにがおかしいのか、げらげら笑いながらもたれかかってくる。尻に力を込めて重みを受け止め、親が我が子にするように頭を撫でてやる。
 他人が見ればバカップルと認定するのだろうが、残念ながら俺たちはもう結婚している。そして、通行人ども、これだけは覚えておけ。
 俺たちは、あんたたちが思っているよりも、ずっと、ずっと、幸せなんだぜ。
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