こちらの世界で、がんばる。

阿波野治

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 二度目の四月二十八日は山も谷もなく、だらだらと過ぎていく。
 国際美術館に行く明日に備えて、前日はゆっくりのんびり過ごすべきだ。もう三十を過ぎて、体力があるつもりでも衰えているんだから。誰からも追及されるおそれはないのに、そんな言い訳を腹の中に用意していた。

『なんていうか、おじさんって感じがするよね。三十越えると』

 三十歳の誕生日を迎えて以降、妻から何度そんな言葉をかけられただろう。そのたびに、「まだまだ若い」とキレ気味に反論してきた男が、三十を過ぎたら誰だって若葉マークをつけた年寄りみたいなものさと、今は心の中でうそぶいている。

 妻と結婚をした約半年後に、俺は三十路に足を踏み入れた。その時点で、妻は二十七歳。女は男よりも老けるのが早いから二十代半ばになったらババアだとか、反撃の憎まれ口を叩いた記憶がある。
 結婚してからだいたい三年半が経ち、現在俺は三十三歳。妻は今年で三十になるはずだったが、二年前にあちらの世界に行ってしまったので、三十歳の誕生日を二人で祝うことはできない。できることはできるが、一般的な形での誕生日会の実施は残念ながら不可能だ。あちらの世界にも、年齢だとか、加齢だとか、さらに言えば時間の流れだとか、そういった概念が存在しているのかがそもそも定かではない。気になって、知りたくて、これまでに何度も妻に尋ねたが、まともな答えが返ってきたことは一度もない。

 一度目の二十八日には、午後六時前という、中途半端な時間帯に妻から電話がかかってきたが、二度目の二十八日のその時間に音沙汰はなかった。
 同じ時間をくり返した場合、妻が前回とは異なる行動をとることがあるのはこれまでも経験済みなので、驚きはない。榊さんとの件が原因で機嫌を損ねたのかとも思ったが、考えすぎだと否定する気持ちもあった。後者が優勢だったため、夕食で腹を満たしたころには前者の感情は消滅していた。

「明日に備えて今日はゆっくり」の方針を立てている立場からすれば、残るビッグイベントは入浴と就寝くらいだ。その事実を再認識した途端、不思議なもので、だらだらと一日を終えるのが惜しくなってきた。そうはいっても、世界はもはや夜。できることはある程度制限されているし、するべきことは特にない。
 こんなとき決まって向かうのが、徒歩十分の場所にあるコンビニエンスストアだ。菓子だのカップ麺だのの類は、買い過ぎない限りはストックがいくらあっても困らない。今日に限っていえば、夕食後のデザートを食べていなかった。スイーツをなにか一つ買って、菓子とカップ麺に目につくような新商品があったらそれも買って、帰ろう。そう方針を定めて家を出た。

 星のない夜道をのんびりと歩き、コンビニに到着。陳列棚をざっと目で確認したが、購買意欲をそそられる新商品はなかったので、スイーツコーナーへと移動する。売り切れ商品がいくつもあって品揃えが悪い。スーパーマーケットでも売っている商品なんだから、卵を買いに行ったときに買っておけばよかったかもしれない。牛乳プリンを選び取り、レジへ。

 小さな袋を提げて帰り道を行く俺は、帰宅後に風呂を沸かし、沸くまでの時間を利用してプリンに舌鼓を打つ己を想像に描いていた。食べ終わったら風呂に入って、湯に浸かったことで失った水分をミネラルウォーターで補い、心身がリラックスした状態で夜のひとときを過ごし、いつもよりも半時間早く就寝する。要約したならば、静かに穏やかに一日を終える。俺としてはそのつもりだったし、その未来が実現するものと思い込んでいた。

 しかし、帰宅まであと二分、我が家の屋根が見えたところで、想定外のイベントが発生する。
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