23 / 63
23
しおりを挟む
『ごめん、明日は予定入ってるから無理』
我ながらそっけないメッセージを送信し、飲み会で知り合ったばかりの女からの誘いを断った。妙齢の異性からの誘いを一片の躊躇いもなく拒絶する――俺史上、前代未聞の事態といっていい。
どうしても外せない用事とは、未来の妻とのデートのこと。
異性とはこれまで、どちらかと言えば浅い付き合いに終始してきたが、初めてとなる例外が、未来の俺の妻となるあいつだった。要因は様々あるが、煎じ詰めれば、気安く付き合えるのが心地いいこと、これに尽きる。
どうやら俺は、精神年齢が低い女の方が相性がいいらしい。
庇護欲が強いだとか、面倒見がいいだとか、自分よりも弱い立場の人間を置いて安心したがる傾向があるだとか、そういうことではない。一緒になって馬鹿をやるのが好きなのだ。俺はあいつのことを、ガキだ、ガキだと、事あるごとに評してきたが、俺が思っているよりも知能レベルの差は小さいのかもしれない。
あいつとの付き合いも、なんだかんだで一年が近づこうとしていたが、結婚について考えたことは殆どなかった。
俺は当時、三十の坂に差しかかる目前。両親からそれとなく急かされたりもしていたのだが、親しくしている女性がいると明かすのではなく、「はいはい」と聞き流すという対応をとってきた。もし結婚するならあいつかな、という思いが過ぎることはあっても、あいつと結婚したい、という積極的な気持ちはなかった。あいつと楽しくやれる日常が続くなら、結婚とか夫婦生活とか、そういう煩わしいのは無理にいいや。アラサー男の姿勢としては褒められたものではないかもしれないが、それが率直な思いだった。
「ああ、そうそう。わたしたち、そろそろ結婚とかどうかな」
だから、デートの最中に突然そう告げられたときは、開いた口がしばらく塞がらなかった。
タウン誌の今月号で紹介されていたレトランでランチを終えて、雨の中、傘を差しながら帰宅している最中だった。直前に交わしていた会話は、次に食べに行く店はどこにするか、というもの。結婚やそれに関連する話題は一切出ていなかった。
あいつは突飛なことを口走り、俺を困惑させる常習犯だ。広い意味での心構えならば、できているつもりだった。しかし、結婚関係の話題を積極的に発言したことはなかったので、不覚にも戸惑い、さらには軽く狼狽してしまった。
「ん? どうしたの、龍くん、そんな間抜けな顔して。口を開けてると虫が飛び込んでくるよー」
「雨だから虫は飛んでないんじゃないか。……いや、そうじゃなくて」
拳を口に宛がって空咳を一つして、気を取り直す。
「さらっと言ったけどさ、それ、マジで言ってるわけ」
「うん、マジ。わたし、経験あるもん。自転車に乗っていたんだけどね、口を開けて坂道を疾走していたら、前から飛んできた虫が――」
「違う! その前の発言だよ。結婚だよ、結婚」
「あ、そっちね」
ああ、はいはい、というリアクション。一見わざとらしいが、あいつは即興で演技ができるような女ではない。こちらの機嫌によっては癪に障ることもあるが、当時の俺はそれどころではなかった。
我ながらそっけないメッセージを送信し、飲み会で知り合ったばかりの女からの誘いを断った。妙齢の異性からの誘いを一片の躊躇いもなく拒絶する――俺史上、前代未聞の事態といっていい。
どうしても外せない用事とは、未来の妻とのデートのこと。
異性とはこれまで、どちらかと言えば浅い付き合いに終始してきたが、初めてとなる例外が、未来の俺の妻となるあいつだった。要因は様々あるが、煎じ詰めれば、気安く付き合えるのが心地いいこと、これに尽きる。
どうやら俺は、精神年齢が低い女の方が相性がいいらしい。
庇護欲が強いだとか、面倒見がいいだとか、自分よりも弱い立場の人間を置いて安心したがる傾向があるだとか、そういうことではない。一緒になって馬鹿をやるのが好きなのだ。俺はあいつのことを、ガキだ、ガキだと、事あるごとに評してきたが、俺が思っているよりも知能レベルの差は小さいのかもしれない。
あいつとの付き合いも、なんだかんだで一年が近づこうとしていたが、結婚について考えたことは殆どなかった。
俺は当時、三十の坂に差しかかる目前。両親からそれとなく急かされたりもしていたのだが、親しくしている女性がいると明かすのではなく、「はいはい」と聞き流すという対応をとってきた。もし結婚するならあいつかな、という思いが過ぎることはあっても、あいつと結婚したい、という積極的な気持ちはなかった。あいつと楽しくやれる日常が続くなら、結婚とか夫婦生活とか、そういう煩わしいのは無理にいいや。アラサー男の姿勢としては褒められたものではないかもしれないが、それが率直な思いだった。
「ああ、そうそう。わたしたち、そろそろ結婚とかどうかな」
だから、デートの最中に突然そう告げられたときは、開いた口がしばらく塞がらなかった。
タウン誌の今月号で紹介されていたレトランでランチを終えて、雨の中、傘を差しながら帰宅している最中だった。直前に交わしていた会話は、次に食べに行く店はどこにするか、というもの。結婚やそれに関連する話題は一切出ていなかった。
あいつは突飛なことを口走り、俺を困惑させる常習犯だ。広い意味での心構えならば、できているつもりだった。しかし、結婚関係の話題を積極的に発言したことはなかったので、不覚にも戸惑い、さらには軽く狼狽してしまった。
「ん? どうしたの、龍くん、そんな間抜けな顔して。口を開けてると虫が飛び込んでくるよー」
「雨だから虫は飛んでないんじゃないか。……いや、そうじゃなくて」
拳を口に宛がって空咳を一つして、気を取り直す。
「さらっと言ったけどさ、それ、マジで言ってるわけ」
「うん、マジ。わたし、経験あるもん。自転車に乗っていたんだけどね、口を開けて坂道を疾走していたら、前から飛んできた虫が――」
「違う! その前の発言だよ。結婚だよ、結婚」
「あ、そっちね」
ああ、はいはい、というリアクション。一見わざとらしいが、あいつは即興で演技ができるような女ではない。こちらの機嫌によっては癪に障ることもあるが、当時の俺はそれどころではなかった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる