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背後からいきなり肩を叩かれたような反応を榊さんは見せた。俺は素知らぬ顔で顔を前に戻した。腰から膝にかけてのラインの中ほどを、もったいぶるようにゆっくりと掌で撫でる。なにか言おうと唇を開いたのが気配で分かったが、声は発せられない。
なおも撫で続けていると、三往復目の往路で強制的に停止させられた。右掌で押さえつけたのだ。加えられた力は、こちらが手を動かそうと思えば簡単に動かせる程度。接した部分を介して、風邪をひいた人の額の温度にも似た熱を感じる。
目が合うと、セクハラ行為を働いたのは自分の方であるかのように、榊さんは気後れしたような表情を見せた。すぐにそれに替わって、気まずそうな色が満面を支配した。
俺は臆することなく彼女を見つめる。
眼差しを受け止めるのが厭われた、というふうでもなかったが、榊さんは視線を手元に落とした。二・三秒にわたって自らの右手を見つめ、恐る恐るといった感じでその手を離す。俺は彼女の太ももから手を離した。
この対応に、弱々しく微笑む、という反応を榊さんは示した。撫でられた箇所を守るように右手を置き、警戒心を滲ませた瞳で俺を見つめる。俺は意味深に口元を緩めて、顔を進行方向に戻す。ただし、横目で彼女の動向を窺うのは忘れない。
ほどなくして、榊さんは全身の緊張状態を解除し、軽く座り直して窓の方を向いた。太ももの上の右手がその脇に落ちた。
俺はすかさず、守るもののなくなったその個所に左の掌を置いた。押すのでも撫でるのでもなく、そっと。
「あっ」と「やっ」の中間の声を発して、榊さんは反射的に両手で俺の手を押さえた。唇をきゅっと結び、抗議の眼差しを送りつけてくる。俺は泰然自若としてその視線を受け止める。その態度が揺るぎないものであると悟るだけの時間が経過すると、榊さんはにわかに弱気に駆られたように眉尻を下げた。もどかしげに唇が動いたが、声は発せられない。「安心して」とでも言うように、俺は歯をこぼす。それが榊さんが喋り出す合図になった。
「いきなり、どうして」
「無防備だし、話をしてくれないから暇だったので、ちょっと悪戯を」
「長々と話に付き合わせるのも悪いかな、と思ったんだけど」
「今は移動中じゃないですか。まあ、別のシチュエーションだとしても全然迷惑じゃないですけど」
榊さんはなにか言いかけて、やめた。
「悪ふざけ、榊さんなら付き合ってくれると思っていたんですけど、迷惑だったですか?」
「新原さんは、少ししつこすぎます」
間髪を入れずに、しかもストレートに非難されるとは想定していなかったので、不覚にも怯んでしまった。しかしすぐに気持ちを立て直し、
「だって、榊さんの反応がかわいいから」
「責任転嫁、ですか」
口調は毅然としている。顔には羞恥も怒りも表出していない。体に触れたときの榊さんとは明らかに別人だ。
「それから、その言葉は、からかわれている気持ちになります。もうおばさんだから」
「榊さん、おいくつですっけ」
「今年で三十五です」
「なんだ。俺のたった二つ上じゃないですか」
「新原さんはまだお若いけど、私はそう呼ばれてもおかしくない年齢になっていると思うわ」
「俺の考えではね、榊さん、少なくとも平均寿命の半分の年齢になる前は、自分のことをおじさんとかおばさんとか言っちゃ駄目ですよ。おじさんおばさんに両足を突っ込んでいる人たちに失礼だから」
また沈黙。返答に窮したというよりも、会話に一区切りがついたが、次なる言葉が見つからない故の沈黙、といった趣だ。
相手が投げ返しやすいボールを投げられず、会話によるキャッチボールを終わらせてしまう。全然駄目だな、と苦笑したくなる。
なおも撫で続けていると、三往復目の往路で強制的に停止させられた。右掌で押さえつけたのだ。加えられた力は、こちらが手を動かそうと思えば簡単に動かせる程度。接した部分を介して、風邪をひいた人の額の温度にも似た熱を感じる。
目が合うと、セクハラ行為を働いたのは自分の方であるかのように、榊さんは気後れしたような表情を見せた。すぐにそれに替わって、気まずそうな色が満面を支配した。
俺は臆することなく彼女を見つめる。
眼差しを受け止めるのが厭われた、というふうでもなかったが、榊さんは視線を手元に落とした。二・三秒にわたって自らの右手を見つめ、恐る恐るといった感じでその手を離す。俺は彼女の太ももから手を離した。
この対応に、弱々しく微笑む、という反応を榊さんは示した。撫でられた箇所を守るように右手を置き、警戒心を滲ませた瞳で俺を見つめる。俺は意味深に口元を緩めて、顔を進行方向に戻す。ただし、横目で彼女の動向を窺うのは忘れない。
ほどなくして、榊さんは全身の緊張状態を解除し、軽く座り直して窓の方を向いた。太ももの上の右手がその脇に落ちた。
俺はすかさず、守るもののなくなったその個所に左の掌を置いた。押すのでも撫でるのでもなく、そっと。
「あっ」と「やっ」の中間の声を発して、榊さんは反射的に両手で俺の手を押さえた。唇をきゅっと結び、抗議の眼差しを送りつけてくる。俺は泰然自若としてその視線を受け止める。その態度が揺るぎないものであると悟るだけの時間が経過すると、榊さんはにわかに弱気に駆られたように眉尻を下げた。もどかしげに唇が動いたが、声は発せられない。「安心して」とでも言うように、俺は歯をこぼす。それが榊さんが喋り出す合図になった。
「いきなり、どうして」
「無防備だし、話をしてくれないから暇だったので、ちょっと悪戯を」
「長々と話に付き合わせるのも悪いかな、と思ったんだけど」
「今は移動中じゃないですか。まあ、別のシチュエーションだとしても全然迷惑じゃないですけど」
榊さんはなにか言いかけて、やめた。
「悪ふざけ、榊さんなら付き合ってくれると思っていたんですけど、迷惑だったですか?」
「新原さんは、少ししつこすぎます」
間髪を入れずに、しかもストレートに非難されるとは想定していなかったので、不覚にも怯んでしまった。しかしすぐに気持ちを立て直し、
「だって、榊さんの反応がかわいいから」
「責任転嫁、ですか」
口調は毅然としている。顔には羞恥も怒りも表出していない。体に触れたときの榊さんとは明らかに別人だ。
「それから、その言葉は、からかわれている気持ちになります。もうおばさんだから」
「榊さん、おいくつですっけ」
「今年で三十五です」
「なんだ。俺のたった二つ上じゃないですか」
「新原さんはまだお若いけど、私はそう呼ばれてもおかしくない年齢になっていると思うわ」
「俺の考えではね、榊さん、少なくとも平均寿命の半分の年齢になる前は、自分のことをおじさんとかおばさんとか言っちゃ駄目ですよ。おじさんおばさんに両足を突っ込んでいる人たちに失礼だから」
また沈黙。返答に窮したというよりも、会話に一区切りがついたが、次なる言葉が見つからない故の沈黙、といった趣だ。
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