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「幸せに暮らしていると分かってからは、夫の境遇を受け入れて日々を送りました。どういうわけか、周りのみんなは私が未婚だと認識するようになって。それが凄く寂しかったんですけど、夫からは『毎日一回、会話をする機会が持てるんだから、それで構わないじゃないか』という意味の言葉をかけられて。その通りだと思ったので、一応納得してはいるんですけどね。
毎日一回というのは、毎日夜の十時半ごろに電話がかかってきて、日付が変わるまでの間なら夫と話ができるんです。それが決まりらしくて、それ以外の時間も、それ以上の時間も無理なんです。
私は夫と話をするのが好きだから、最初は物足りない気持ちが強かったんですけど、今はもう慣れましたね。できれば自由に話したいという思いは、もちろん常に頭の片隅にあるんですけど」
榊さんと夫は、一日一回、一回あたり約一時間半の通話しか許されていないという。しかし、俺の妻の場合は、かけるタイミングも話をする時間も自由だ。この違い、どう解釈すればいいのだろう。
そして、気になることがもう一つ。
「あの、榊さん。一つ質問が」
「なんでしょうか」
「榊さんの旦那さん、もしかして、超能力が使えるんじゃないですか。たとえば、通話以外の形で、俺たちがいる世界になんらかの影響を及ぼす類の」
「超能力……」
榊さんは大きく首を傾げた。考え込むような顔つきをしばし見せていたが、
「いえ、それはないですね。隔たった世界から、携帯電話を介してコミュニケーションがとれるのが超能力、と言えるかもしれませんけど、それ以外は特に」
「そうですか。……すみません。なんとなく、そうじゃないかと思ったので」
変なことを言ってごめんなさい、先を続けてください、というふうに小さく頭を下げる。榊さんも同じように頭を下げた。
榊さんの夫は、榊さんのことを心から想っている。加えて、通話時間が限られていることを考えれば、それを補う意味でも、携帯電話越しの通話以外の方法で榊さんに好意を示してもおかしくないはずだ。それなのにそれをしないということは、やらないのではなくてできない、ということなのだろう。
俺の妻は、食材さえ用意しておけば弁当を作ってくれるし、時間だって戻せる。この差はなんなんだ?
榊さんの夫の方が、あちらの世界に行ってからの期間が長い。超能力は、努力という手段で会得できるものではなくて、才能の差、ということなのだろう。個人によって、走る速さが違ったり、料理を作るのが上手な人がいれば下手な人もいたり、機種変更をした携帯電話の操作に慣れるまでの時間がまちまちだったりするように。
「夫は、自分が特殊な状況に置かれているにもかかわらず、私のことばかり心配するんです。さっき話した、周りの人が私を未婚だと認識していることについて伝えたときも、自分のことは『こうして夏葉と夫婦らしく会話できているんだから、他の人にどう思われようが構わないよ』と笑い飛ばして。でも私に対しては、『真実をみんなに説明できないのは辛いだろうね』と気づかってくれて」
榊さんの顔を注視したが、予想に反して、目に光るものはなかった。ただ、感情が静かに昂ぶっているのは確からしく、心持ち早口になっている。
毎日一回というのは、毎日夜の十時半ごろに電話がかかってきて、日付が変わるまでの間なら夫と話ができるんです。それが決まりらしくて、それ以外の時間も、それ以上の時間も無理なんです。
私は夫と話をするのが好きだから、最初は物足りない気持ちが強かったんですけど、今はもう慣れましたね。できれば自由に話したいという思いは、もちろん常に頭の片隅にあるんですけど」
榊さんと夫は、一日一回、一回あたり約一時間半の通話しか許されていないという。しかし、俺の妻の場合は、かけるタイミングも話をする時間も自由だ。この違い、どう解釈すればいいのだろう。
そして、気になることがもう一つ。
「あの、榊さん。一つ質問が」
「なんでしょうか」
「榊さんの旦那さん、もしかして、超能力が使えるんじゃないですか。たとえば、通話以外の形で、俺たちがいる世界になんらかの影響を及ぼす類の」
「超能力……」
榊さんは大きく首を傾げた。考え込むような顔つきをしばし見せていたが、
「いえ、それはないですね。隔たった世界から、携帯電話を介してコミュニケーションがとれるのが超能力、と言えるかもしれませんけど、それ以外は特に」
「そうですか。……すみません。なんとなく、そうじゃないかと思ったので」
変なことを言ってごめんなさい、先を続けてください、というふうに小さく頭を下げる。榊さんも同じように頭を下げた。
榊さんの夫は、榊さんのことを心から想っている。加えて、通話時間が限られていることを考えれば、それを補う意味でも、携帯電話越しの通話以外の方法で榊さんに好意を示してもおかしくないはずだ。それなのにそれをしないということは、やらないのではなくてできない、ということなのだろう。
俺の妻は、食材さえ用意しておけば弁当を作ってくれるし、時間だって戻せる。この差はなんなんだ?
榊さんの夫の方が、あちらの世界に行ってからの期間が長い。超能力は、努力という手段で会得できるものではなくて、才能の差、ということなのだろう。個人によって、走る速さが違ったり、料理を作るのが上手な人がいれば下手な人もいたり、機種変更をした携帯電話の操作に慣れるまでの時間がまちまちだったりするように。
「夫は、自分が特殊な状況に置かれているにもかかわらず、私のことばかり心配するんです。さっき話した、周りの人が私を未婚だと認識していることについて伝えたときも、自分のことは『こうして夏葉と夫婦らしく会話できているんだから、他の人にどう思われようが構わないよ』と笑い飛ばして。でも私に対しては、『真実をみんなに説明できないのは辛いだろうね』と気づかってくれて」
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