台風と金木犀

阿波野治

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阿澄 二

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 阿澄は適度に厳しく、適度に甘やかされながら育てられた。
 彼女の三歳の誕生日に、弟の水無斗が生まれた。
 水無斗は阿澄の思いどおりになることもあれば、ならないこともあった。どちらかと言うと後者の場合が多かった。

 厳しくも甘やかされて育った阿澄は、思いどおりにならないとすぐに癇癪を起こし、弟をぶった。すると彼は決まって、火がついたように泣き出した。
 泣き声を聞きつけて駆けつけた両親は、決まって水無斗の肩を持った。それが阿澄は気に食わない。両親が立ち去るや否や、叱られる前よりも強い力で弟をぶつ。すると彼はまた泣き出す。
 結果、長女に対する両親の対応はいっそう厳しくなり、阿澄はこらえきれずに泣いてしまう。それに刺激されて、水無斗はますます激しく泣きじゃくる。

 かくして相原家では、いつまでもいつまでも、二人の子どもの泣き声が響きつづけるのだ。


* * *


 相原家の子どもたちにとって、午後一時から二時にかけての一時間は昼寝の時間だ。
 二歳だった水無斗は、その日、母の手によって自分の布団に寝かされて早々に深く眠り込んだ。
 一方、昼寝をするつもりはさらさらない五歳の阿澄は、母が寝室から出て行ったのを見届けると、すぐさま布団から抜け出した。リビングのソファでテレビを観ている母の背後を抜き足差し足で通過し、庭に出る。

 西側の生垣際に植えられた金木犀の前の虚空に、無数の光の粒が浮かんでいた。それは霧か靄のようにも、蚊柱のようにも見える。
 光の粒の集合体は、阿澄に目撃されたのが引き金となって歪みはじめ、特定の形を目指してまっしぐらに変化していく。
 動きはじめた五秒後には、光の粒は一人の人間に変身を遂げていた。ねずみ色の襤褸をまとった白髪白髭の老爺。
 ホームレスだ、と阿澄は思った。
 しかし心の芯では、老爺は神だと認識していた。

 神は阿澄を正視し、浅く首肯した。目の当たりにしたばかりの映像を逆再生したような変化が神の肉体に生じ、五秒後にはもとの光の粒の集合体に戻っていた。
 近づこうと阿澄が一歩足を踏み出したとたん、光の粒たちは薄れて消えた。金木犀のオレンジ色の花が彼女の視界を埋め尽くした。
 神がうなずいた意味はわからないが、自分に向かってうなずいたのだから、自分という存在に関わるなにかを肯定してくれたのだ。五歳の阿澄はそう解釈した。
「なにか」の正体を知りたい欲求がないといえば嘘になる。ただ、神がわざわざ一介の人間の前に降臨し、なんらかのメッセージを送ってくれたのだから、それで満足するべきだと思った。

 部屋に戻ると、水無斗は口を半開きにして安眠を貪っている。阿澄は自分の布団に潜り込み、弟の耳元に唇を寄せてささやく。
「水無斗、あたし、神さまを見たよ。だからきっと、水無斗もいつか会えるんじゃないかな。だって、あたしたち、血がつながったきょうだいなんだよ? だから、いつかぜったいに神さまに会えるよ」
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