台風と金木犀

阿波野治

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阿澄 五

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 相原家の周囲には雑草が生え放題になった空き地が多く、阿澄は季節になると水無斗を連れてよく虫捕りに行った。
 彼女は虫捕り自体よりも、草木をかき分けながらフィールドを駆け回るほうが好きだ。飽きっぽくて移り気な性格だから、虫を探す場所を次々に乗り換える。もともと体力と脚力が高く、自分自身の快楽を最優先に行動を決めるため、毎回のように弟を置き去りにした。

 水無斗が自力で追いつくか、阿澄が気まぐれから弟を迎えに戻るか。これまではそのどちらかだったが、日没がすっかり早くなったある秋の日の午後、彼女は弟を放置して一人で帰宅した。
 その日きょうだいが遊んだのは、自宅からは少し遠い、二人がはじめて訪れた空き地。阿澄は帰り道がわかったが、水無斗は途中で迷った。道の真ん中で泣きじゃくっているところを近隣住人に保護され、交番を経由して相原家に引き渡された。

「だめじゃない。阿澄はお姉ちゃんなのに、水無斗のことをほったらかしにして。水無斗はまだ小さいんだから、あなたが守ってあげないといけないのに。もっとお姉ちゃんらしく振る舞いなさい」
 母は厳しく叱りつけたが、娘はそっぽを向いて黙っていた。
 水無斗は無事だったからそれで一件落着なのに、お母さんはしつこくあたしを責める。ちんたらしていた水無斗にも責任はあるのに、なんのお咎めもない。そんなの、ずるい。不公平だ。
 阿澄は腹が立ったが、ぐっとこらえて口をつぐんだ。

 母は早いテンポで非難の言葉を投げつけてくるので、反論の言葉を用意するのが間に合わない。大人だけあって口達者だから、なにを言っても理路整然と反論されそうだ。それならいっそのこと沈黙し、母の言葉には言い返すだけの価値もないと暗に表明したほうが、敵にダメージを与えられる。そう判断しての沈黙だった。
 形の上では一方的な諍いに、父が慌てて仲裁に入った。妻、娘、どちらの態度にも苦言を呈したが、阿澄に対する叱りかたのほうが格段にソフトだった。
 夫婦のあいだで口論が勃発した。ソファにふんぞり返ってそれを眺める阿澄は、心の中で母に向かって「ざまあみろ」と吐き捨てた。

 母のしつけに父がダメ出しをしたこの一件で、阿澄は彼女が教育者として必ずしも優秀ではないと看破した。その母の反撃を許すくらいだから、父も似たようなものだろう。
 これ以降、阿澄は他者から広い意味での攻撃を浴びると、冷笑的に受け流す対応を多用した。剥き出しの感情を前面に押し出して反撃するばかりだったのだが、柔軟に対処できるようになった。
 さらには、母と口論になったときに、わざと彼女を挑発するような言葉を吐いたうえで、はらはらしながら成り行きを見守っている水無斗を弁舌巧みに自陣営に引き込み、さらには父も味方につけ、三対一の数的優位を作り出してやり込め、留飲を下げることをよくやった。
「姉らしく振る舞え」という母からの忠告は、もちろん無視した。結果的に姉らしい振る舞いになることもあるだろうが、自分からそうするつもりはない。土下座をして頼まれたとしても嫌だ。

 自由に、自分がやりたいことだけをやって、生きる。
 まだ十歳に満たないが、阿澄は確固たる信念を確立していた。
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