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阿澄 七
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阿澄の胸は急速に膨らみはじめた。
ブラジャーは彼女には苦痛でしかなかった。必要どころか、自分にとって真に必要なものの成長を阻害しているようで忌々しかった。
阿澄は自宅ではノーブラで過ごした。彼女の胸は日々成長し、絶えず緩やかに締めつけられているような状態だったから、肉体面での苦痛を軽減するための処置でもあった。
自宅で家族とダイニングテーブルを囲むたびに、阿澄の正面が定位置の父が、何食わぬふうを装いながらも、暗い光が宿った瞳で胸の膨らみを凝視してくることに彼女は気がついていた。
二回り歳が離れた雄のその行動に、彼女は言語化するのが難しい示唆を受けた。気がつかないふりをしたほうが得策だと直感し、それに従った。
こうしてまた、台風と金木犀の季節が過ぎていった。
***
小学五年生の阿澄は、七月の日射しが斜に照りつける渡り廊下で、クラスメイトの男子児童たちに向かって胸をさらけ出した。
ケース入りのリコーダーを手に、阿澄が次の授業が行われる音楽室に向かっていると、後ろから歩いてきたクラスメイトの男子五人組からいきなりからかわれた。発言したのは、クラスの中心的なグループのリーダー格の男子。内容は、彼女の男っぽさを揶揄するものだった。
普段この手の被害に遭ったとき、阿澄がとる対応はさまざまだ。罵り返す、暴力を行使する、無視する――どれを選ぶかはそのときの気分次第。たいていの場合損得勘定は考慮されないため、自分よりも体が大きい男子に殴りかかることも珍しくない。
阿澄は最初、彼らを無視しようとした。しかしすぐに気が変わり、彼らの前に立ちはだかってシャツを大きくまくり上げた。
家族以外の人間に、下着をつけているとはいえ胸を見せたのははじめてだ。周りには五人以外にも何人もの児童がいたが、手つきにためらいがなかった。
「よく見ろ。どこが男っぽいんだよ、ばーか」
捨てゼリフを吐き、彼らに背を向けて遠ざかっていく。
高揚感も、悔やむ気持ちも、羞恥の念さえもない。馬鹿で幼稚な男子たちに効果的な一撃を食らわせてやったのだ。そんな思いだけが阿澄の胸にはあった。
***
翌日、阿澄はクラス担任の高梨創介から、放課後に教室に居残るように命じられた。
黒板に落書きをして暇をつぶしているうちに、教室から阿澄以外の児童は去り、校舎は静けさに支配された。
机で書き物をしていた高梨は、阿澄にチョークを置くように命じ、黒板の前で彼女と相対した。生真面目な性格につけ込まれて、一部の児童から姑息ないたずらの標的にされることもある新任教師は、黒縁眼鏡を人差し指で押し上げてこう言った。
「相原、君はクラスの男子たちに胸を見せたそうだね。下着をつけていたとはいえ、異性相手に。先生は今年教師になったばかりだけど、まさか君みたいな恥知らずの女子児童がいるなんてね。さっぱりわからないから、教えてほしい。どうしてそんな真似をしたの?」
ブラジャーは彼女には苦痛でしかなかった。必要どころか、自分にとって真に必要なものの成長を阻害しているようで忌々しかった。
阿澄は自宅ではノーブラで過ごした。彼女の胸は日々成長し、絶えず緩やかに締めつけられているような状態だったから、肉体面での苦痛を軽減するための処置でもあった。
自宅で家族とダイニングテーブルを囲むたびに、阿澄の正面が定位置の父が、何食わぬふうを装いながらも、暗い光が宿った瞳で胸の膨らみを凝視してくることに彼女は気がついていた。
二回り歳が離れた雄のその行動に、彼女は言語化するのが難しい示唆を受けた。気がつかないふりをしたほうが得策だと直感し、それに従った。
こうしてまた、台風と金木犀の季節が過ぎていった。
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小学五年生の阿澄は、七月の日射しが斜に照りつける渡り廊下で、クラスメイトの男子児童たちに向かって胸をさらけ出した。
ケース入りのリコーダーを手に、阿澄が次の授業が行われる音楽室に向かっていると、後ろから歩いてきたクラスメイトの男子五人組からいきなりからかわれた。発言したのは、クラスの中心的なグループのリーダー格の男子。内容は、彼女の男っぽさを揶揄するものだった。
普段この手の被害に遭ったとき、阿澄がとる対応はさまざまだ。罵り返す、暴力を行使する、無視する――どれを選ぶかはそのときの気分次第。たいていの場合損得勘定は考慮されないため、自分よりも体が大きい男子に殴りかかることも珍しくない。
阿澄は最初、彼らを無視しようとした。しかしすぐに気が変わり、彼らの前に立ちはだかってシャツを大きくまくり上げた。
家族以外の人間に、下着をつけているとはいえ胸を見せたのははじめてだ。周りには五人以外にも何人もの児童がいたが、手つきにためらいがなかった。
「よく見ろ。どこが男っぽいんだよ、ばーか」
捨てゼリフを吐き、彼らに背を向けて遠ざかっていく。
高揚感も、悔やむ気持ちも、羞恥の念さえもない。馬鹿で幼稚な男子たちに効果的な一撃を食らわせてやったのだ。そんな思いだけが阿澄の胸にはあった。
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