台風と金木犀

阿波野治

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阿澄 八

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 阿澄は無言でシャツをめくり、純白の下着に包まれた胸をさらけ出した。
 高梨の喉がくっきりと鳴った。食い入るように見つめている。亀のように首を突き出し、まばたき一つせずに真剣な眼差しで。
「……なるほど。こんな立派なものを持っているのなら、誰かに見せたくなるのもうなずけるよ。じっくり見てもいいかな?」
 阿澄がうなずいたので、高梨は遠慮なくそうした。彼女が少し心配になってくるくらいに長々とそうした。

 やがておもむろに上着の内ポケットから携帯電話を取り出し、写真撮影機能を使って撮影する。携帯電話を教卓に置き、顔面を眼鏡ごと彼女の胸に押しつけ、髪の毛を振り乱して頬ずりをする。
 阿澄の全身は火照った。高梨の顔が触れている領域がもっとも高温だ。力任せに押しのけたいような、より深く密着したいような。遅まきながら、他人から胸を触れられた経験がなかったと気がつく。
 高梨はやっとのことで顔を離すと、下着越しに胸を触診した。くすぐったかったが、すぐに慣れた。忙しなく手を動かし、口を半分あけた顔でしきりにうなずく彼は、実年齢よりも幼く見えた。
 触診がひととおり終わると、下着に隠れていた部分の様子も自分の目でたしかめ、指で触りはじめた。電撃的な、痛みとは似て非なる感覚が駆け抜け、体がぎこちなく波打つ。羞恥の念が込み上げてきたが、すぐにどうでもよくなった。

 高梨創介はこの行為をどこまで続けるのだろう? 次にどんな行為に踏み切るのだろう? この場における唯一の被行為者として、最後まで見届けたい。
 しかし、高梨は急に廊下を気にしはじめた。不器用な手つきで下着を元の位置に戻し、耳もとでささやいた。
「大問題だ。これは大問題だよ、相原。明日の放課後も居残るように。わかったね?」


***


 その日の夕食の席で、父が久々に阿澄の生まれた日の話をしたことが、彼女の心に印象深く刻みつけられいる。
「外は台風で大荒れでね、ライトは点けていなかったから車の中は暗かった。だからなのかな、本来は黄色いはずのカスタードクリームが白く見えたよ。不思議だよね。その白いクリームが、パンを噛みしめると中からどろりと――」
 自分が生まれる前の世界で起きた出来事を、水無斗はいつもどおり興味深そうに目を丸くして、箸の動きさえ止めて聞き入っている。母は「またその話か」というふうに呆れ顔で聞き流している。
 阿澄はその日はじめて、クリームパンのエピソードは一から十まで父の創作なのではないか、と疑った。
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