台風と金木犀

阿波野治

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阿澄 十五

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 阿澄は打ち明けた。男子児童の前で胸を露出した一件から、高梨と週一でセックスをする約束を交わしたことまで、洗いざらい。
「ようするに阿澄は、その高梨とかいう教師以外とは関係を結んでいないんだな? 今お前のお腹の中に宿っている命は、高梨の子以外に考えられない。そういうことだな?」
 父が念を押すように確認を求めた。娘が話し終え、重苦しい沈黙が場を満たし、母の咳がそれを破った直後のことだ。
 阿澄はたっぷりと二十秒ほど黙考したのち、父の顔を見返してうなずいた。母が不安そうな目で二人を交互に見た。
 阿澄は黙っていた。もう誰とも口をききたくなかった。


***


 あとになって気がついたが、その日を境に、父は阿澄が生まれた日のクリームパンのエピソードを語らなくなった。
 少なくとも、阿澄の前では。


***


 それからは猛スピードで進んだ。
 当事者でありながら蚊帳の外に置かれた阿澄に、一時停止ボタンを押す権限はない。いつの間にか乗っていた乗り物の座席に腰を下ろし、目的地に到着するそのときを大人しく待つしかなかった。
 台風がとうとう日本列島に上陸した。相原一家が暮らす街を暴風域に巻き込み、一人の死者も出すことなく太平洋へと抜け、温帯低気圧に変わって人々から永遠に忘れ去られた。
 大人の世界のルールは煩雑すぎて、小学五年生の頭ではとても把握しきれない。具体的にどのような取り決めが交わされたのかは、話し合いに参加していない阿澄は知る由もない。
 たしかなのは、ただ一つ、高梨創介が阿澄と水無斗が通う小学校から去ったことだけだ。


***


 高梨創介が阿澄のもとから消えてから、彼女が小学六年生の七月を迎えるまでの約九か月間、彼女の記憶はきれいに失われている。


***


『相原、この交わりで君は私の子を孕んだよ。きっと孕んだよ。愛しているよ、相原』
 阿澄は時折、二学期の始業式の日に高梨創介とセックスをしたあと、彼からかけられた言葉を思い返した。
 当時の彼女は、そう断言したのは高梨が神だからだと考えたが、彼との関係が終わった今となっては、でたらめだとしか思えない。
 当時はまったく気がつかなかったが、そもそも高梨は断言などしていない。「きっと」という言葉をさり気なく頭にくっつけて、ちゃっかりと逃げ道を残している。
 高梨創介は神ではなく、ただの人間、こらえ性のないロリコン野郎だ。
 人間はやはり、神には生涯で一度しか出会えないらしい。
 台風と金木犀の季節にはまだ遠いが、阿澄は考え込む。考え込まずにはいられない。
 あのとき神は、あたしに向かってうなずいたけど、あたしになにを伝えようとしたの……?
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