すばらしい新世界

阿波野治

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橋を渡りながら

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 イナは歩道を歩きながら、肩ほどの高さの欄干越しに川を眺める。水質は川の生き物が快適に暮らせそうな明度で、水面を介して川底の凹凸が視認できる。動くものはなにもない。
 名指しして死を願った全人類ではなく、生物までもが息絶えてしまった現実を、イナは新世界の神となって初めて噛みしめる。鳥のさえずりが聞こえない。ただそれだけで、世界は神々しいまでに静かだ。
 静かなのは嫌いではないが、こんな現状、イナは望んでいない。

 動物は弱い存在であるがゆえに、ときにストレスの捌け口として残虐な殺しかたをしてきたが、イナの彼ら全般に対する好感度はそう悪くない。

 自室の窓越しに三・四羽の群れでしきりに地面をついばんでいるスズメを見かけると、ささやかながらも微笑ましい気持ちになった。
 実物に遭遇したことはないが、蛇はなかなかかっこいい生き物だと昔から思っている。
 飼い猫でもないのに、ユン家の自家用車のボンネットの上で昼寝をしている黒猫を見て、「こいつとなら上手くやっていけそうだ」と思ったこともあった。

 遠足で何度か足を運んだ動物園は糞尿の臭いが最悪だった。
 誰にでも尻尾を振る犬ころは蹴飛ばしてやりたくなる。
 猿という生き物は生理的な嫌悪感を覚えるから顔も見たくない。

 しかし、そうは言っても、なにも絶滅させるほどでもないんじゃないの、と思う。超常的な力が使えるようになったのだから、気に食わない動物に遭遇した場合に、その都度殺すなり消すなりすればそれで済む話ではないか。

 旧世界にいるころによくした『フクシマ帰還困難区域』が舞台の妄想では、怪物でも人間でもない生物に関する設定は、極めて曖昧だった。存在感は甚だ希薄だった。その影響を受けての全滅だと言ってしまえば、それまでだ。
 絶滅してほしいわけではないが、してしまっても別に落胆するほどではない。そう言ってしまえばそれまでだ。
 しかし、ひとえに神の思い通りにならないという意味において、看過できないものを感じるのも事実。

 片側一車線だが、車道も実質的に人の通り道だと無意識に見なしているからだろう。たった二人の人間が通るにしては、橋の横幅は広すぎるとイナは感じている。
 橋は真新しいわけではないが、老朽化はしていない。開通から何年が経つのかは知る由もないが、そう長い歳月が流れたわけではないのだろう。部分的に腐敗させ、爛れさせれば、イナ好みのデザインになりそうだ。

 さっそく、揃えた指先を欄干に宛がい、「腐れ」と念じてみた。たちどころに、指が触れていた箇所が、何日間も室温に放置した野菜のようにしなびた。
 しかし、それだけだった。
 厳密には、しなびた状態からヘドロ状に腐りきった状態へと、腐敗の度合いを高めていっているようだが、進行が蝸牛の歩みのごとく遅い。さらには、真っ直ぐに腐っていくのではなく、腐るためにはどのように外見を変化させればいいのか、変化するほうでも迷い、手探りの前進を強いられているように見える。
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