85 / 89
穴
しおりを挟む
自動車がすれ違えないほど狭い道が交わった、交差点だ。雑木林の中を走っていた未舗装道路を含めれば、十字路になる。周囲には比較的新しい民家が建ち並んでいて、閑静な住宅地、この一言以上にしっくりくる形容はない。
その交差点の中心点に当たる地面、天上から降り注ぐ光の輪の中心でもある地点に、穴が穿たれている。直径は一メートルほど。気をつけした人間をすっぽりと飲み込んでしまうという意味では大きいが、天より降り注ぐ光の円の直径が十メートルを超えているため、相対的に小さく見える。間近で見た光は、明るいのはたしかだが目が眩むほどではない。雑木林の中が夜の始まりのように暗かったので、行く手に射す光が眩しく感じられただけだったのだろう。
光がスポットライトだと解釈するならば、穴こそが重要だと考えて間違いない。地面に穿たれた縦穴――どこかに通じている?
一時停止していた歩行を再開する。一直線に穴との距離を詰める軌道だ。四歩目から光の中に体が入った。直前に歩みが止まったが、所詮は一瞬の逡巡。光を浴び続けているアスファルトやブロック塀や電信柱や住宅が何事もないのだから、この世界の神にとって有害なはずがない。
判断は正しかったらしく、体に異変は起こらない。温かさは感じられず、非科学的な特殊な光だと察せられる。穴には重大な意味があるに違いないという思いは、もはや確固たるものと化していた。
スニーカーの先端が穴の縁に達し、イナは歩くのをやめる。垂直方向に広がる空洞を覗き込んで、危うく叫ぶところだった。
穴の底は明るく、なにかが縦横無尽に行き交っているのが見える。動いているのは、人間。映像は上空から撮影されていて、動く人間の大きさはイナの目にはダンゴムシほどでしかない。ただ、男女の区別や服装などはある程度は判別がつく。ビビッドなカラーリングの衣服に身を包んだ老婆、制服姿の金髪の女子高生、グレーのスーツを着た三十代と思しい男性――。
現代日本だ。令和の日本のどこかの街を歩く、市井の人々を上空から撮影した映像だ。
視覚情報に気をとられて気づくのが遅れたが、穴からは少し冷たい空気が立ち昇ってきている。イナが身を置く世界と、行き交う人々がいる世界は、物理的に繋がっているのだ。
間違いなく、穴に飛び込めばあちらの世界へ行ける。元の世界に戻れる。
「……でも」
人間がダンゴムシのように見える高度だ。目算は困難だが、建物の二階や三階よりもはるかに高い場所なのは間違いない。無策のまま飛び降りたとすれば、地面に体が叩きつけられた瞬間に死が確定するレベルの。
その交差点の中心点に当たる地面、天上から降り注ぐ光の輪の中心でもある地点に、穴が穿たれている。直径は一メートルほど。気をつけした人間をすっぽりと飲み込んでしまうという意味では大きいが、天より降り注ぐ光の円の直径が十メートルを超えているため、相対的に小さく見える。間近で見た光は、明るいのはたしかだが目が眩むほどではない。雑木林の中が夜の始まりのように暗かったので、行く手に射す光が眩しく感じられただけだったのだろう。
光がスポットライトだと解釈するならば、穴こそが重要だと考えて間違いない。地面に穿たれた縦穴――どこかに通じている?
一時停止していた歩行を再開する。一直線に穴との距離を詰める軌道だ。四歩目から光の中に体が入った。直前に歩みが止まったが、所詮は一瞬の逡巡。光を浴び続けているアスファルトやブロック塀や電信柱や住宅が何事もないのだから、この世界の神にとって有害なはずがない。
判断は正しかったらしく、体に異変は起こらない。温かさは感じられず、非科学的な特殊な光だと察せられる。穴には重大な意味があるに違いないという思いは、もはや確固たるものと化していた。
スニーカーの先端が穴の縁に達し、イナは歩くのをやめる。垂直方向に広がる空洞を覗き込んで、危うく叫ぶところだった。
穴の底は明るく、なにかが縦横無尽に行き交っているのが見える。動いているのは、人間。映像は上空から撮影されていて、動く人間の大きさはイナの目にはダンゴムシほどでしかない。ただ、男女の区別や服装などはある程度は判別がつく。ビビッドなカラーリングの衣服に身を包んだ老婆、制服姿の金髪の女子高生、グレーのスーツを着た三十代と思しい男性――。
現代日本だ。令和の日本のどこかの街を歩く、市井の人々を上空から撮影した映像だ。
視覚情報に気をとられて気づくのが遅れたが、穴からは少し冷たい空気が立ち昇ってきている。イナが身を置く世界と、行き交う人々がいる世界は、物理的に繋がっているのだ。
間違いなく、穴に飛び込めばあちらの世界へ行ける。元の世界に戻れる。
「……でも」
人間がダンゴムシのように見える高度だ。目算は困難だが、建物の二階や三階よりもはるかに高い場所なのは間違いない。無策のまま飛び降りたとすれば、地面に体が叩きつけられた瞬間に死が確定するレベルの。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる