すばらしい新世界

阿波野治

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異形

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 イナは神だから死なない――と言いたいところだが、穴を潜った先の世界は新世界ではない。反社会的な行動をとればなんらかの形で罰せられ、本音を内に秘めて建前を前面に出すことが推奨され、くだらない茶番が蔓延する、旧世界だ。あらゆる意味で常識的な、死のうと思えば簡単に死ねる世界だ。だから、飛び降りればおそらくは死ぬ。

 イナは葛藤に沈む。

 他の道を模索するべきだろうか? 死んでしまうのだから、そうするしかない。ただ、天から降り注ぐ光に照らし出されるという、これ以上ないくらい分かりやすい形で道が示されている。間違いなく、ここが正規ルートのはずだ。元の世界でも力が持ち越されると信じて、思い切って飛び降りてみようか? それはあまりにもリスクが高すぎる。なにせ、死んだら一巻の終わり、やり直しがきかないのだから。穴に飛び込むか否かは保留にして、他にも旧世界への帰路がないか探索してみる? 目の前の穴がスポットライトまで浴びていることを考えれば、第二の道が存在する可能性は低いのでは、という気がする。それに、探すために現場を離れ、戻ってきたときには穴が消失していたら? そうなれば、後悔するどころの騒ぎではない。

 死を覚悟で飛び込むか。旧世界に復帰するのを断念するか。実質的にはその二者択一なのだ。
 どちらを選べばいい? どちらを選べば、ぼくは真の意味で幸せになれる?

 突然、気配を感じた。イナは弾かれたように顔を上げた。雑木林になんらかの存在が潜み、イナの様子をうかがっているのかと勘繰ったが、方角が違う。
 イナは前方右手、右に曲がる道の入口を凝視する。がたついたブロック塀の陰から気配を感じる。雑木林を抜け、抜けた先が交差点だと確認したときは、なにも感じなかった。穴を覗き込んでいる間も、異変は読みとれなかった。
 それなのに、いる。なにかがいる。

「誰だよ! 出てこい、このくそ野郎!」

 呼びかけに応じて、曲がり角の陰から交差点の真ん中へと、何者かが軽やかに躍り出た。

「ありがとうねぇ、イナちゃあん。ぼくのことをわざわざ呼んでくれてぇ」

 異形が粘っこい中年男性の声を発した。胴体から下はスーツ姿の人間だが、首から上は人間のそれではなく、老木の幹を思わせる円柱形の突起物が垂直に突き出ている。全高は十メートル近くになるだろうか。頭部が最初からそのような大きさだったならば、本体が交差点の真ん中に現れる前に姿を視認できていた。イナの眼前に現れたとたん、ありふれた中年男性の顔だったものが、一瞬にして巨大な樹幹にも似た形状に変化したのだ。
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