わたしといっしょに新しく部を創らない?と彼女は言った。

阿波野治

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出会いは衝突から

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 新学期早々、全力疾走をしている。

「やばい! マジやばいって!」

 人間、本当に焦っているときはひとり言が口から出る。そして、そのボキャブラリーは極めて貧しい。高校に入学してまだ一回も授業を受けていないというのに、学んでしまった。

「遅刻! 遅刻する……!」

 入学して最初の授業に遅れたとしても、なにも命を取られるわけではない。ただ、幸先が悪すぎる。クラスメイトや教師のイメージも多少悪くなるだろう。走れば間に合うのなら、走るべきだ。そう思うから、俺は全速力で駆けている。

 校門を潜り、校舎の中に飛び込んだが、人気が全くない。チャイムはまだ鳴っていないはずなのに、みんな教室に入っているらしい。おそらく、新学期が始まったばかりということで、優等生に振る舞わなければという意識が高いせいだろう。ご苦労なことだ、と鼻で笑いたいところだが、遅刻したくなくてさっきまで必死に走っていた俺に、みんなを笑う権利なんてない。

 さっさと教室に入ろう。思いとは裏腹に、焦りが邪魔をして、スニーカーから上履きに履き替える作業に手間取ってしまう。
 焦るな。焦るんじゃない、籾山直太郎。チャイムはまだ鳴っていない。教室は階段を上ってすぐのところにあるから、今からでも授業が始まる前に教室に滑り込める。間に合わなかったとしても、ぎりぎりならば教師も大目に見てくれる。さあ、心を落ち着けて靴を履き替えて、廊下を走り抜けて階段を駆け上がれ。

 ようやく、両足が上履きに収まった。俺は廊下を走り出す。誰もないということは、教師もいないということだ。走っても、咎める者は誰一人としていない。
 廊下を突き当りまで走り、階段へと続く曲がり角を折れようとした、次の瞬間、思いがけないことが起きた。何者かが曲がり角の向こうから飛び出してきたのだ。
 避けようとしたが、避けられない。

「うおお!?」
「きゃあっ!」

 悲鳴のような声が重なり、二つの体は衝突。俺はあえなく仰向けに倒れた。

「いってぇな、くそ……」

 強打した背中が痛むが、幸いにも頭は打たなかったようだ。なにか重たいものが俺にのしかかっている。訝しく思い、頭を持ち上げると、
 視界に飛び込んできたのは、水色のショーツ。どこからどう見ても、若い女性向けの下着だ。

 おそるおそる、さらに視線を上げると、俺の上に女子生徒が乗っかっていた。リボンが緑色だから、俺と同じ一年生。きょとんとした顔で俺を見下ろしている。鎖骨まで伸びたストレートヘアは、ド派手なパステルピンクに染まっている。幼さを残しながらも整った顔立ちだ。
 なによりも目を惹いたのが、胸。紺色のブレザーに包まれたその部分は、不自然なまでに大きく膨らんでいる。
 服越しにこれなら、脱いだらどんなに凄いんだ? ごくり、と唾を飲み込む。

「あの、大丈夫……?」

 女子生徒はおもむろに上体を倒し、ぐっと顔を近づけてきた。恥じらう素振りもなく、真っ直ぐに見つめてくる瞳。顔に微かにかかる吐息。あっという間に頬が熱くなる。

「……反応がない。もしかして、頭打ったんじゃ――」
「あんたが重いんだよ! さっさとどいてくれ!」
「わわっ!? ご、ごめん!」

 弾かれたように顔を遠ざけ、さらに立ち上がる。俺を両足の間に挟んで立つという姿勢で静止し、俺を真っ直ぐに見下ろす。
 女子生徒はにこやかに微笑み、前屈みになって右手を差し出してきた。それに応じて、俺は右手を伸ばす。手と手が繋がり、掌の柔らかな温もりを感じた。同年代の女子と手を繋ぐのは、十五年と少しの人生で、恥ずかしながらこれが初めてだ。

「起こすよ。せーのっ」

 掛け声とともに俺を引っ張ったが、その力はあまりにも弱かった。逆にこちらが女子生徒を引っ張る形となり、彼女の体が大きく前に傾く。そして――。

「きゃあっ!?」

 転倒。俺の顔面に押しつけられる柔らかな重み――即ち、女子生徒の大きすぎる胸。本来であれば泣いて喜びたいところだが、
 息が、できない……。

「うわっ! ご、ごめんなさい!」

 息苦しさが解消され、視界が晴れた。女子生徒はもう一度手を差し伸べてきたが、俺は苦笑いで頭を振って好意を辞退し、自力で立ち上がる。
 まだ頬が熱い。股間は少々いきり立っている。きっと頬は罪の果実のように真っ赤に染まっているのだろう。決まり悪さをごまかすべく、後頭部をがりがりとかく。
 どちらかが喋り出すよりも早く、授業の始まりを報せるチャイムがどこか間の抜けた音を響かせた。
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