眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 部屋から廊下に出ると、何人もの眠り姫たちが聖堂を目指して移動している。
 ほどよくリラックスしているように見えて、その実、神経過敏になっている子も少なくない。あちらから話しかけてこないかぎり、こちらからは話しかけないのが不文律のようになっている。それは気心の知れたルームメイト同士の場合でも決して例外ではないのだが、

「今日はちょっと眠いかも。昨日はたっぷり寝て、お昼寝もしたんだけどね。昨日よりも少し涼しかったからかな?」
 ヘレンはいつものように気安くルームメイトに話しかけてくる。幸い、今宵のマーガレットは不機嫌ではない。

「眠気と気候の因果関係、か。……うーん、どうなんだろうね。図書室で『睡眠の不思議』みたいなタイトルの本を読んだときに、それ関係のことを書いてあったような気もするけど、もう忘れちゃったよ」
 マーガレットは首をかしげる。小首をかしげるという表現があるが、さしずめ大首をかしげるような角度で。

「極端に暑いとか寒いとかなら、体が疲れてぐっすり眠れそうだけど、ちょっと涼しいくらいだと影響はなさそうだけどね。涼しいっていっても三十度はしっかり超えていたし。本当に関係あるのかな?」
「マーガレット、ごめん。過ごしやすい気候だったから眠くなった説、適当に言った。思いついたそれっぽい説を、なにも考えずに適当に」
「えっ、マジ? やめてよね、そういうの。真面目に考えちゃったでしょうが」
「ごめん、ごめん。でもぼく、適当な話はフィナンシェくらい好きだから、適当なことを適当に話そうよ」
「なにそれ」
「えっ、ぴんとこない? おいしいでしょ、フィナンシェ」
「そっちじゃなくて、『適当な話』っていう言い回しのこと。漠然としすぎていて、逆に難しいんだけど。たとえば、どんな話?」
「明日の朝食の献立当てクイズとか」
「二時間前に夕食をとったばかりなのに、もう明日の朝食を気にしているわけ? ほんと食い意地張ってるよね、ヘレンは」

 マーガレットは苦笑をこぼした。
「ほら、寝ぐせついてるよ。それと、パジャマのボタン。上から二つ目だけがなぜか開いちゃってる」
 母親のように慈しみをこめた手つきで、ルームメイトの赤毛の漣を整えてやる。さらにはボタンをちゃんととめてやる。
 そのかたわらマーガレットは、姉妹ってこんな感じなのかな、と考える。眠り姫の中に兄弟や姉妹がいた記憶を持つ子は少ないし、シスターはsisterの名に反してまるで眠り姫たちの母親のような存在だ。
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