8 / 72
8
しおりを挟む
部屋から廊下に出ると、何人もの眠り姫たちが聖堂を目指して移動している。
ほどよくリラックスしているように見えて、その実、神経過敏になっている子も少なくない。あちらから話しかけてこないかぎり、こちらからは話しかけないのが不文律のようになっている。それは気心の知れたルームメイト同士の場合でも決して例外ではないのだが、
「今日はちょっと眠いかも。昨日はたっぷり寝て、お昼寝もしたんだけどね。昨日よりも少し涼しかったからかな?」
ヘレンはいつものように気安くルームメイトに話しかけてくる。幸い、今宵のマーガレットは不機嫌ではない。
「眠気と気候の因果関係、か。……うーん、どうなんだろうね。図書室で『睡眠の不思議』みたいなタイトルの本を読んだときに、それ関係のことを書いてあったような気もするけど、もう忘れちゃったよ」
マーガレットは首をかしげる。小首をかしげるという表現があるが、さしずめ大首をかしげるような角度で。
「極端に暑いとか寒いとかなら、体が疲れてぐっすり眠れそうだけど、ちょっと涼しいくらいだと影響はなさそうだけどね。涼しいっていっても三十度はしっかり超えていたし。本当に関係あるのかな?」
「マーガレット、ごめん。過ごしやすい気候だったから眠くなった説、適当に言った。思いついたそれっぽい説を、なにも考えずに適当に」
「えっ、マジ? やめてよね、そういうの。真面目に考えちゃったでしょうが」
「ごめん、ごめん。でもぼく、適当な話はフィナンシェくらい好きだから、適当なことを適当に話そうよ」
「なにそれ」
「えっ、ぴんとこない? おいしいでしょ、フィナンシェ」
「そっちじゃなくて、『適当な話』っていう言い回しのこと。漠然としすぎていて、逆に難しいんだけど。たとえば、どんな話?」
「明日の朝食の献立当てクイズとか」
「二時間前に夕食をとったばかりなのに、もう明日の朝食を気にしているわけ? ほんと食い意地張ってるよね、ヘレンは」
マーガレットは苦笑をこぼした。
「ほら、寝ぐせついてるよ。それと、パジャマのボタン。上から二つ目だけがなぜか開いちゃってる」
母親のように慈しみをこめた手つきで、ルームメイトの赤毛の漣を整えてやる。さらにはボタンをちゃんととめてやる。
そのかたわらマーガレットは、姉妹ってこんな感じなのかな、と考える。眠り姫の中に兄弟や姉妹がいた記憶を持つ子は少ないし、シスターはsisterの名に反してまるで眠り姫たちの母親のような存在だ。
ほどよくリラックスしているように見えて、その実、神経過敏になっている子も少なくない。あちらから話しかけてこないかぎり、こちらからは話しかけないのが不文律のようになっている。それは気心の知れたルームメイト同士の場合でも決して例外ではないのだが、
「今日はちょっと眠いかも。昨日はたっぷり寝て、お昼寝もしたんだけどね。昨日よりも少し涼しかったからかな?」
ヘレンはいつものように気安くルームメイトに話しかけてくる。幸い、今宵のマーガレットは不機嫌ではない。
「眠気と気候の因果関係、か。……うーん、どうなんだろうね。図書室で『睡眠の不思議』みたいなタイトルの本を読んだときに、それ関係のことを書いてあったような気もするけど、もう忘れちゃったよ」
マーガレットは首をかしげる。小首をかしげるという表現があるが、さしずめ大首をかしげるような角度で。
「極端に暑いとか寒いとかなら、体が疲れてぐっすり眠れそうだけど、ちょっと涼しいくらいだと影響はなさそうだけどね。涼しいっていっても三十度はしっかり超えていたし。本当に関係あるのかな?」
「マーガレット、ごめん。過ごしやすい気候だったから眠くなった説、適当に言った。思いついたそれっぽい説を、なにも考えずに適当に」
「えっ、マジ? やめてよね、そういうの。真面目に考えちゃったでしょうが」
「ごめん、ごめん。でもぼく、適当な話はフィナンシェくらい好きだから、適当なことを適当に話そうよ」
「なにそれ」
「えっ、ぴんとこない? おいしいでしょ、フィナンシェ」
「そっちじゃなくて、『適当な話』っていう言い回しのこと。漠然としすぎていて、逆に難しいんだけど。たとえば、どんな話?」
「明日の朝食の献立当てクイズとか」
「二時間前に夕食をとったばかりなのに、もう明日の朝食を気にしているわけ? ほんと食い意地張ってるよね、ヘレンは」
マーガレットは苦笑をこぼした。
「ほら、寝ぐせついてるよ。それと、パジャマのボタン。上から二つ目だけがなぜか開いちゃってる」
母親のように慈しみをこめた手つきで、ルームメイトの赤毛の漣を整えてやる。さらにはボタンをちゃんととめてやる。
そのかたわらマーガレットは、姉妹ってこんな感じなのかな、と考える。眠り姫の中に兄弟や姉妹がいた記憶を持つ子は少ないし、シスターはsisterの名に反してまるで眠り姫たちの母親のような存在だ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる