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歩くスピードががくっと落ちた二人の横を、別の部屋の眠り姫が追い越していく。そばかすがチャームポイントの、アンナマリア。そのさいに投げかけた一瞥は、あからさまではないが迷惑そうだった。
声がうるさいとか、通り道でふざけ合いのような真似をするのが迷惑なのであれば、アンナマリアの性格であれば口頭で軽く注意していたはずだ。二人の言動に明らかな問題があったとうよりも、仕事を目前に控えて気が立っていたのだろう。ヘレンとともに過ごす時間が長いせいでついつい忘れがちだが、眠り姫としての勤めの直前でも能天気でいられるのは少数派だ。
召使いとしての役割を果たしたルームメイトに、ヘレンはにこにこしながら「ありがとう」と謝辞を述べた。
マーガレットはほほ笑んでそれに応えたが、すぐに表情を引きしめる。
自分は、一部の眠り姫たちのように呑気に仕事に臨める立場ではない。アンナマリアの何気ない一瞥によって、そんな客観的事実を思い出したのだ。
「ヘレン、へらへらしている時間、ちょっと長いよ。さあ、そろそろ気合い入れて」
ルームメイトの背中を少し強めに叩いて、歩く速度を元に戻した。
へらへらしている場合ではないのは、ヘレンも同じ。
仕事モードにスイッチが切り替わったマーガレットに、他人の心配をするだけの心のゆとりはない。ヘレンの背中を叩いたのは、他でもない、自分自身に活を入れるためだったのかもしれない。
聖堂は吹き抜けになった円筒形の空間だ。テニスコート二面が余裕をもっておさまる床面積。外側が客専用の観覧スペース、内側が眠り姫のベッドルームの二重構造。その境界は、中からは外が見えないが、逆に外からは中を覗くことができる、不思議な鏡の壁によって区切られている。
マーガレットとヘレンを含む眠り姫たちの緩やかの群れは、イザベラ院長いわく「核戦争が起きても鍵が開くことはない」という、観覧スペースに通じる非常ドアを素通りし、空調がきいたベッドルームへと続々と足を踏み入れる。
眠り姫たちの仕事場となるフローリング張りの空間には、合計二十二台のベッドが等間隔に置かれている。いずれも余計な装飾が施されていないシンプルなデザインだ。
『眠り姫たちを見てもらうための場所なのに、陳列棚を飾ってもしょうがないでしょう。むしろ邪魔になるだけ、逆効果だわ』
いつだったか、イザベラ院長がそんな趣旨の発言をしていたのをマーガレットは覚えている。
声がうるさいとか、通り道でふざけ合いのような真似をするのが迷惑なのであれば、アンナマリアの性格であれば口頭で軽く注意していたはずだ。二人の言動に明らかな問題があったとうよりも、仕事を目前に控えて気が立っていたのだろう。ヘレンとともに過ごす時間が長いせいでついつい忘れがちだが、眠り姫としての勤めの直前でも能天気でいられるのは少数派だ。
召使いとしての役割を果たしたルームメイトに、ヘレンはにこにこしながら「ありがとう」と謝辞を述べた。
マーガレットはほほ笑んでそれに応えたが、すぐに表情を引きしめる。
自分は、一部の眠り姫たちのように呑気に仕事に臨める立場ではない。アンナマリアの何気ない一瞥によって、そんな客観的事実を思い出したのだ。
「ヘレン、へらへらしている時間、ちょっと長いよ。さあ、そろそろ気合い入れて」
ルームメイトの背中を少し強めに叩いて、歩く速度を元に戻した。
へらへらしている場合ではないのは、ヘレンも同じ。
仕事モードにスイッチが切り替わったマーガレットに、他人の心配をするだけの心のゆとりはない。ヘレンの背中を叩いたのは、他でもない、自分自身に活を入れるためだったのかもしれない。
聖堂は吹き抜けになった円筒形の空間だ。テニスコート二面が余裕をもっておさまる床面積。外側が客専用の観覧スペース、内側が眠り姫のベッドルームの二重構造。その境界は、中からは外が見えないが、逆に外からは中を覗くことができる、不思議な鏡の壁によって区切られている。
マーガレットとヘレンを含む眠り姫たちの緩やかの群れは、イザベラ院長いわく「核戦争が起きても鍵が開くことはない」という、観覧スペースに通じる非常ドアを素通りし、空調がきいたベッドルームへと続々と足を踏み入れる。
眠り姫たちの仕事場となるフローリング張りの空間には、合計二十二台のベッドが等間隔に置かれている。いずれも余計な装飾が施されていないシンプルなデザインだ。
『眠り姫たちを見てもらうための場所なのに、陳列棚を飾ってもしょうがないでしょう。むしろ邪魔になるだけ、逆効果だわ』
いつだったか、イザベラ院長がそんな趣旨の発言をしていたのをマーガレットは覚えている。
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