眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 ベッドメイキングはすでに完了済みだ。マットレス、シーツ、掛け布団、枕、いずれも白一色で、淡く立ち昇る柔軟剤の芳香が清潔さを際立たせている。
 三十分前の鐘が鳴ったばかりなので、態勢に入っている眠り姫はまだ一人もいない。横になって目をつむっている者。腰かけてぼーっとしている者。隣のベッドの眠り姫と私語を交わす者。

 マーガレットとヘレンのベッドは隣り合っている。
 二人がいつものようにベッドの縁に腰かけて、小声で他愛のない雑談をしていると、マーガレットの隣のベッドがきしんだ。ヘレンとは逆の隣に設置されているベッドが。
 シャルロッテが到着したのだ。

 大事な部分だけ厚い生地で守られた、シースルーの黒のネグリジェ。肌の白さと、髪の毛と服の黒のコントラストに、マーガレットは目を奪われる。
 認めたくないが、認めざるを得ない。
 シャルロッテはとてもかわいい。C修道院に所属する眠り姫の中でも頭一つ抜けた美貌の持ち主だ。

 C修道院でナンバーワンの眠り姫になるのが夢だと、シャルロッテは公言してはばからない。
 彼女は少なくとも一週間に五・六回、調子がいい時期には七日間ずっと、売上額で一位を獲得している。低いときでも五位を下回ったことがない。夢はもう半分以上叶えているといっても過言ではなかった。
 マーガレットが唯一「奇跡が起きたとしても勝ち目がない」と感じている眠り姫、それがシャルロッテだ。
 よりによって性格は最悪、ルームメイトにして友人のヘレンをいじめるような人間に、そう感じてしまった。

 眠り姫たちはいつしかしゃべるのをやめて、身じろぎやまばたきさえも慎んでいる。緊迫感を孕んだ静寂が空間を満たしている。
 話をやめたマーガレットはいつものように、視線の先にある鏡に顔を向けて過ごす。意識は映し出された自分の姿ではなく、壁の向こう側にいる人々に向いている。
 こちらからは客たちの姿はまったく見えないのに、客たちからはこちらの姿をばっちり見られている――。
 不愉快。その一言に尽きる。

 マーガレットは眠り姫として働きはじめて数年が経つが、いまだに慣れないし、いまだに気持ち悪い。はっきり言って、逃げられるものなら逃げたい。
 しかし、それは永遠に許されない願いだ。
 眠り姫は眠り姫である以上、客の前で睡眠をとらなければならない。寝顔を、寝姿を、さらけ出さなければいけない。ある程度重たい心身の不調にでも陥らないかぎり、例外は断じて許されない。
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