眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 わずかに眉根を寄せた顔。掛け布団の下の両手は握り拳を作っている。寝苦しさのあまり、何度も大きく寝返りを打ちそうになったが、そのたびにぐっとがまんした。
 静かな空間では、小さな音も大きく響くから、同僚たちの眠りを、仕事のじゃまをしてしまう――。
 眠り姫の時間は自分のことだけで精いっぱいなはずなのに、他人に気をつかってしまう、それがマーガレットだった。

 彼女が寝つけないのは、毎夜のように同じ存在からの悪質な妨害を受けているからに他ならない。
 視線だ。
 鏡の壁の向こう側にいる人々からの視線をひしひしと感じて、それが不愉快でたまらなくて、集中力をかき乱されて、どうしても眠ることができない。
 こんな夜を、マーガレットは眠り姫になったその日から、一日の例外もなくずっと体験しつづけている。
 三時間、ずっと苦しみつづける日も珍しくない。運よく眠れたとしても、苦しんでいるあいだは時間の流れはとても遅く感じられるから、「苦しむ時間が短くすんだ」と実感することはまずない。

 眠り姫の仕事に慣れれば、慣れさえすれば、苦しみから解放されると思っていた。
 しかし、眠り姫の仕事をはじめて五年が流れた今でも、途切れることなく苦しみはつづいている。
 たぶん、この先もずっと、おそらくは眠り姫として聖堂のベッドで眠りつづける夜を送るかぎりは――。
 そんな想念に、仕事中か否かを問わず襲われるのが、いつからかマーガレットにとっての新しい悩みになっていた。





 鐘が鳴ってから半時間は経っただろうか。
 マーガレットは無意識に大きく寝返りを打った。顔が横に向いたことで視界に映し出されたのは、シャルロッテの寝顔。
 シャルロッテの端正な顔は、眠りに包まれてもなお、その端正さを堅持している。切れ長の大きな瞳は彼女の美点の一つだが、まつ毛が長いため、まぶたを開いているときとはまた違った美しさがある。薄桃色の唇は薄く開き、軽く突き出していて、あだっぽさとあどけなさが両立している。

 この子はどうして、こんなにも美しい姿で眠れるのだろう。
 シャルロッテの完璧な寝顔を見るたびに、マーガレットは嫉妬に下唇を噛む。忌々しくなって顔を背ける。
 そうすると、今度はヘレンの寝姿が目に飛びこんでくる。

 眠っているときのヘレンは、いつも口を半開きにしている。今日のように、口の端からよだれを垂らしている日もある。ブランケットで大部分が隠れているので目立っていないが、寝相はよくない。自室のソファベッドで眠る姿を何度も見ているので、マーガレットはその事実を把握している。なんらかの方針にもとづくものではなく、無邪気に睡眠欲に身を委ねた結果の乱雑。
 はっきり言って、醜い。
『眠り姫は眠りの中にいるときこそ美しくあれ』
 そのモットーから完全に逸脱している。
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