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世界にはようやく光が行き渡りつつあった。
日の出に先立って活動を開始した眠り姫たちは、午前の清掃の時間を迎えた。担当する場所は部屋単位で割り振られ、週ごとに変わる。
今日マーガレットとヘレンが取り組むのは、居住棟と聖堂を結ぶ廊下。作業内容は、床の拭き掃除に、窓拭き。どちらも拭く道具は雑巾だとあらかじめ指定されている。掃除には掃除機はもちろんのこと、モップですら使用禁止と、変なところでアナログ形式に固執しているのがいかにもC修道院らしい。
「よーい、どん!」
ヘレンのかけ声を号砲に、二人は廊下を走り出した。
窓際を走るのがマーガレット。中央寄りにコースをとるのがヘレン。
走るといっても、両手で床に押しつけた雑巾を、四つん這い、尻を大きく上げるという姿勢での滑走。
二人は、居住棟の出口から聖堂までの百メートル弱、リノリウム張りの直線廊下を、雑巾がけをしながら競争しているのだ。
ヘレンはすばらしいスタートダッシュを決めた。とにかく少しでも速く走ろう、一秒でも早くゴールテープを切ろうという意識がうかがえる、安定性よりも走行速度を優先させた走行だ。
一方のマーガレットの走りは、その逆。ゴールまで姿勢を崩さずに走り抜けられそうな安定感があるが、徐々に加速していく力強さに欠ける。
二人の差はじわじわと開いていく。
「ちょっとヘレン、飛ばしすぎじゃない? 転んでも知らないよ」
「集中力を乱そうとしてもむだだよ。今日のぼくは速いんだから!」
ヘレンは声が大きい。今が仕事中であることを失念しているらしい。
ヘレンの気まぐれな提案からはじまった、賞罰もなにもない気軽な勝負だ。必死になる理由はどこにもないのだが、そうはいっても、勝負ごとはやはり燃える。わずかな体力の消費と引き換えに勝利という勲章を得られるのなら、ぜひとももらっておきたい。
双方ともにゴールまで十メートルを切ったところで、思いがけないアクシデントが起きた。
「あ……!」
ヘレンが足を滑らせ、リノリウムの床に突っ伏したのだ。
それを見てマーガレットは加速した。体勢を立て直すのに手間取るヘレンを一気に追い抜き、そのままゴールした。
「うわー、やっちゃった! もう少しだったのにー」
ヘレンはゆっくりとした走行で、しかし最後まで諦めずにコースを完走した。そして、雑巾の裏面を目でたしかめる。
「うへぇ、汚っ。床、ぱっと見きれいなのにね」
片道五十メートルの床を拭くと雑巾が真っ黒になった。ただそれだけの現実に、ヘレンはにこにこしている。マーガレットの顔にすでに浮かんでいた、雑巾の汚れのひどさに対する苦笑いは、ヘレンの無邪気さをほほ笑ましく思う微笑に変わった。
ヘレンはいつなんどきも、楽しみを見つけようとする姿勢を大切にする。そして、どんな小さな喜びにも笑みをこぼす。雑巾がけ競争を提案されたときは、幼稚だし、くだらないし、付き合うのも馬鹿馬鹿しいと思わないでもなかったが、マーガレットは基本的にルームメイトの無邪気なところが好きだ。
ただ、そうは思わない眠り姫も中にはいる。
日の出に先立って活動を開始した眠り姫たちは、午前の清掃の時間を迎えた。担当する場所は部屋単位で割り振られ、週ごとに変わる。
今日マーガレットとヘレンが取り組むのは、居住棟と聖堂を結ぶ廊下。作業内容は、床の拭き掃除に、窓拭き。どちらも拭く道具は雑巾だとあらかじめ指定されている。掃除には掃除機はもちろんのこと、モップですら使用禁止と、変なところでアナログ形式に固執しているのがいかにもC修道院らしい。
「よーい、どん!」
ヘレンのかけ声を号砲に、二人は廊下を走り出した。
窓際を走るのがマーガレット。中央寄りにコースをとるのがヘレン。
走るといっても、両手で床に押しつけた雑巾を、四つん這い、尻を大きく上げるという姿勢での滑走。
二人は、居住棟の出口から聖堂までの百メートル弱、リノリウム張りの直線廊下を、雑巾がけをしながら競争しているのだ。
ヘレンはすばらしいスタートダッシュを決めた。とにかく少しでも速く走ろう、一秒でも早くゴールテープを切ろうという意識がうかがえる、安定性よりも走行速度を優先させた走行だ。
一方のマーガレットの走りは、その逆。ゴールまで姿勢を崩さずに走り抜けられそうな安定感があるが、徐々に加速していく力強さに欠ける。
二人の差はじわじわと開いていく。
「ちょっとヘレン、飛ばしすぎじゃない? 転んでも知らないよ」
「集中力を乱そうとしてもむだだよ。今日のぼくは速いんだから!」
ヘレンは声が大きい。今が仕事中であることを失念しているらしい。
ヘレンの気まぐれな提案からはじまった、賞罰もなにもない気軽な勝負だ。必死になる理由はどこにもないのだが、そうはいっても、勝負ごとはやはり燃える。わずかな体力の消費と引き換えに勝利という勲章を得られるのなら、ぜひとももらっておきたい。
双方ともにゴールまで十メートルを切ったところで、思いがけないアクシデントが起きた。
「あ……!」
ヘレンが足を滑らせ、リノリウムの床に突っ伏したのだ。
それを見てマーガレットは加速した。体勢を立て直すのに手間取るヘレンを一気に追い抜き、そのままゴールした。
「うわー、やっちゃった! もう少しだったのにー」
ヘレンはゆっくりとした走行で、しかし最後まで諦めずにコースを完走した。そして、雑巾の裏面を目でたしかめる。
「うへぇ、汚っ。床、ぱっと見きれいなのにね」
片道五十メートルの床を拭くと雑巾が真っ黒になった。ただそれだけの現実に、ヘレンはにこにこしている。マーガレットの顔にすでに浮かんでいた、雑巾の汚れのひどさに対する苦笑いは、ヘレンの無邪気さをほほ笑ましく思う微笑に変わった。
ヘレンはいつなんどきも、楽しみを見つけようとする姿勢を大切にする。そして、どんな小さな喜びにも笑みをこぼす。雑巾がけ競争を提案されたときは、幼稚だし、くだらないし、付き合うのも馬鹿馬鹿しいと思わないでもなかったが、マーガレットは基本的にルームメイトの無邪気なところが好きだ。
ただ、そうは思わない眠り姫も中にはいる。
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