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バケツの水がだいぶ汚くなってきた。入れ替える役目はヘレンに託した。床を拭くスピードはマーガレットのほうが速いので、その役割分担が効率的だと判断したのだ。
黙々と手を動かしていると、いきなり水が床にぶちまけられる音がした。手洗い場の方角からだ。
「馬鹿! あんた、なにやってくれてるのよ!」
それに続いて聞こえてきたのは、シャルロッテの甲高い声。
マーガレットは雑巾を放り出して走った。目指すのは音源、角を右に曲がった突き当たり。
事件はやはり手洗い場の前で起きていた。
ヘレンは四つん這いの姿勢だ。顔だけが駆けつけたばかりのマーガレットのほうを向き、赤毛の先端から雫がしたたり落ちている。濡れているのは髪の毛だけではなく、上半身の大部分もそうだ。
シャルロッテとエミリーは、ヘレンのほうを向いて並んで立っている。
二人と一人のあいだに転がっているのは、ひっくり返ったバケツ、こぼれた水、そして雑巾。
「ヘレン、お前、マジふざけんなよ。もうちょっとで濡れるところだったでしょうが。間抜けなのはどうしようもないにしても、人を巻きこむなよ」
シャルロッテは険しい面持ちでヘレンを怒鳴りつけると、マーガレットをちらりと横目でうかがった。
その瞳には、抑制されたあざけりの色がにじんでいた。一見わかりにくいが、状況を把握しようと神経を研ぎ澄ませていたマーガレットは見逃さなかった。
嘘だ。シャルロッテは嘘をついている。
「ロッテ、ごめんなさい。タオル、とってきたほうがいいかな?」
「濡れてないから。あたし、反射神経いいし。あんたと違ってね」
ヘレンは濡れた前髪をざっと整え、こぼれた水を拭きはじめた。こぼれている水は大量なので、雑巾はすぐに絞らなければいけなくなる。作業の進み具合はじれったくなるくらいに遅い。
シャルロッテとエミリーはにやにやしながらその模様を眺めている。そして、ときどき意味深に顔を見合わせる。さっきは声を荒らげていたが、今現在の態度や表情から怒りの感情はひとかけらも読みとれない。
というよりも、最初から怒っていなかったのだ。怒っているかのように演技をして、それにヘレンが騙されただけで。
たぶん、いや間違いなく、「ヘレンがバケツの水をこぼし、危うくシャルロッテを濡らしそうになった」というのは、シャルロッテがヘレンをいじめるためについた嘘だ。
バケツの水を捨てにきたヘレンは、手洗い場にいた二人のどちらかに、「床にまだ汚れが残っている」とでも指摘されたのだろう。
ヘレンはすぐさまバケツを床に置き、その汚れを雑巾で拭きはじめた。おそらく、二人に逆らうのが怖いからではなく、自分たちが担当している場所だから自分が掃除をする義務がある、という意識に操られて。その頭を目がけて、二人のどちらかがバケツの水を浴びせた。
水を拭くヘレンを眺める二人のにやにや笑いと、ヘレンと二人の関係を考え合わせれば、きっとそれが真相だ。
黙々と手を動かしていると、いきなり水が床にぶちまけられる音がした。手洗い場の方角からだ。
「馬鹿! あんた、なにやってくれてるのよ!」
それに続いて聞こえてきたのは、シャルロッテの甲高い声。
マーガレットは雑巾を放り出して走った。目指すのは音源、角を右に曲がった突き当たり。
事件はやはり手洗い場の前で起きていた。
ヘレンは四つん這いの姿勢だ。顔だけが駆けつけたばかりのマーガレットのほうを向き、赤毛の先端から雫がしたたり落ちている。濡れているのは髪の毛だけではなく、上半身の大部分もそうだ。
シャルロッテとエミリーは、ヘレンのほうを向いて並んで立っている。
二人と一人のあいだに転がっているのは、ひっくり返ったバケツ、こぼれた水、そして雑巾。
「ヘレン、お前、マジふざけんなよ。もうちょっとで濡れるところだったでしょうが。間抜けなのはどうしようもないにしても、人を巻きこむなよ」
シャルロッテは険しい面持ちでヘレンを怒鳴りつけると、マーガレットをちらりと横目でうかがった。
その瞳には、抑制されたあざけりの色がにじんでいた。一見わかりにくいが、状況を把握しようと神経を研ぎ澄ませていたマーガレットは見逃さなかった。
嘘だ。シャルロッテは嘘をついている。
「ロッテ、ごめんなさい。タオル、とってきたほうがいいかな?」
「濡れてないから。あたし、反射神経いいし。あんたと違ってね」
ヘレンは濡れた前髪をざっと整え、こぼれた水を拭きはじめた。こぼれている水は大量なので、雑巾はすぐに絞らなければいけなくなる。作業の進み具合はじれったくなるくらいに遅い。
シャルロッテとエミリーはにやにやしながらその模様を眺めている。そして、ときどき意味深に顔を見合わせる。さっきは声を荒らげていたが、今現在の態度や表情から怒りの感情はひとかけらも読みとれない。
というよりも、最初から怒っていなかったのだ。怒っているかのように演技をして、それにヘレンが騙されただけで。
たぶん、いや間違いなく、「ヘレンがバケツの水をこぼし、危うくシャルロッテを濡らしそうになった」というのは、シャルロッテがヘレンをいじめるためについた嘘だ。
バケツの水を捨てにきたヘレンは、手洗い場にいた二人のどちらかに、「床にまだ汚れが残っている」とでも指摘されたのだろう。
ヘレンはすぐさまバケツを床に置き、その汚れを雑巾で拭きはじめた。おそらく、二人に逆らうのが怖いからではなく、自分たちが担当している場所だから自分が掃除をする義務がある、という意識に操られて。その頭を目がけて、二人のどちらかがバケツの水を浴びせた。
水を拭くヘレンを眺める二人のにやにや笑いと、ヘレンと二人の関係を考え合わせれば、きっとそれが真相だ。
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