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「ヘレン、手伝うよ」
マーガレットはシャルロッテたちが使っている雑巾を拾い上げた。ヘレンのすぐ隣で彼女と同じ姿勢になり、せっせと手を動かす。
「ルームメイトが馬鹿でドジだと尻拭いが大変ね。まあ、監督不行き届きも歴とした罪だから、同情はしてやらないけどね」
シャルロッテたちは捨てゼリフを残して現場から離れていった。
「ヘレン、大丈夫? 怪我とかはない?」
「マーガレット、ごめんね。失敗したのはぼくなのに。手伝わせて」
二人がいなくなってすぐのマーガレットの発言に、ヘレンはそんな言葉を返した。話しかけた相手の目ではなく、自分の手もとを見ながら。
「いいよ、このくらい。ていうか、ヘレンは呑気に床を拭いてないで、さっさと服を着替えてくるべきじゃない? 夏場とはいえ、濡れた服を着っぱなしはあんまりよくないよ」
「ううん、平気。床をきれいにしてからでも大丈夫。ていうか、汚したものをきれいにしてからでないと、この場から離れちゃいけないよ」
「ばか。自分の体が最優先に決まっているでしょうが。そんなにも掃除が大事だって言うなら、さっさと部屋に行ってさっさと着替えて、さっさと作業に復帰したほうがよっぽどいい。わたしが言ってること、間違ってる?」
「間違いではないけど――でも、ぼくはこうしたいの」
なにを言っても無駄だ、とマーガレットは悟った。下唇を軽く噛んで感情を押し殺し、黙々と手を動かす。
頭の中を空にして作業に励みたかったが、できなかった。シャルロッテの横暴にも、エミリーの阿諛追従にも、腹が立って仕方がない。
その感情の対象には、被害者であるヘレンも含まれている。
どうして立ち向かおうとしないの? 頭から水をかけられたんだよ? ひどいと思わないの? やりすぎだとは思わないの? バケツをひっくり返したのは自分だなんて、どうしてそんな見え透いた嘘をついたの? 被害者なのに加害者が呼ばわりされて、腹が立たないの? なんで無抵抗なの?
こんな関係、こんな暮らしが、この先ずっと続いてもいいの? ヘレンはそれで構わないの?
マーガレットは機械的に手を動かしながら、その合間合間に、ヘレンに強い眼差しを送りつける。
あなた、本当は被害者なんでしょ。シャルロッテたちが怖くて、あいつらが見ている前では言えなくても、わたしには「実は被害者です」って言えるでしょ。そう言ってくれたら、わたしが代わりに戦うから。殴り合いの喧嘩まではするつもりはないけど、強い言葉をぶつけることならできるから。
だから、ヘレン、本音を打ち明けてよ。いじめられて悔しいって。いじめるシャルロッテがむかつくって――。
けっきょく、視線は一度も交わらないまま後始末は終わった。
そのあいだ、ヘレンは悔しがるそぶりはいっさい見せないどころか、へらへらと薄ら笑いを浮かべる時間帯さえあった。
マーガレットはシャルロッテたちが使っている雑巾を拾い上げた。ヘレンのすぐ隣で彼女と同じ姿勢になり、せっせと手を動かす。
「ルームメイトが馬鹿でドジだと尻拭いが大変ね。まあ、監督不行き届きも歴とした罪だから、同情はしてやらないけどね」
シャルロッテたちは捨てゼリフを残して現場から離れていった。
「ヘレン、大丈夫? 怪我とかはない?」
「マーガレット、ごめんね。失敗したのはぼくなのに。手伝わせて」
二人がいなくなってすぐのマーガレットの発言に、ヘレンはそんな言葉を返した。話しかけた相手の目ではなく、自分の手もとを見ながら。
「いいよ、このくらい。ていうか、ヘレンは呑気に床を拭いてないで、さっさと服を着替えてくるべきじゃない? 夏場とはいえ、濡れた服を着っぱなしはあんまりよくないよ」
「ううん、平気。床をきれいにしてからでも大丈夫。ていうか、汚したものをきれいにしてからでないと、この場から離れちゃいけないよ」
「ばか。自分の体が最優先に決まっているでしょうが。そんなにも掃除が大事だって言うなら、さっさと部屋に行ってさっさと着替えて、さっさと作業に復帰したほうがよっぽどいい。わたしが言ってること、間違ってる?」
「間違いではないけど――でも、ぼくはこうしたいの」
なにを言っても無駄だ、とマーガレットは悟った。下唇を軽く噛んで感情を押し殺し、黙々と手を動かす。
頭の中を空にして作業に励みたかったが、できなかった。シャルロッテの横暴にも、エミリーの阿諛追従にも、腹が立って仕方がない。
その感情の対象には、被害者であるヘレンも含まれている。
どうして立ち向かおうとしないの? 頭から水をかけられたんだよ? ひどいと思わないの? やりすぎだとは思わないの? バケツをひっくり返したのは自分だなんて、どうしてそんな見え透いた嘘をついたの? 被害者なのに加害者が呼ばわりされて、腹が立たないの? なんで無抵抗なの?
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マーガレットは機械的に手を動かしながら、その合間合間に、ヘレンに強い眼差しを送りつける。
あなた、本当は被害者なんでしょ。シャルロッテたちが怖くて、あいつらが見ている前では言えなくても、わたしには「実は被害者です」って言えるでしょ。そう言ってくれたら、わたしが代わりに戦うから。殴り合いの喧嘩まではするつもりはないけど、強い言葉をぶつけることならできるから。
だから、ヘレン、本音を打ち明けてよ。いじめられて悔しいって。いじめるシャルロッテがむかつくって――。
けっきょく、視線は一度も交わらないまま後始末は終わった。
そのあいだ、ヘレンは悔しがるそぶりはいっさい見せないどころか、へらへらと薄ら笑いを浮かべる時間帯さえあった。
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