眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 懲罰部屋にいれば、眠り姫として眠る苦労を味わわなくてもいい。売上額が伸びないことに思い悩まなくてもいい。
 いじめられるヘレンを見て、嫌な気持ちにならずにすむ。シャルロッテから因縁をつけられる心配だってない。
 その代わり、ヘレンとおしゃべりできなくなるけど、週に一回のアイスクリームを味わえなくなるけど――。

「……もしかして」
 ずっと懲罰部屋に閉じこもっているほうが幸せ、なのだろうか。
 そんなふうに思う一方、あと三時間弱の時間が流れれば、懲罰部屋から出なければならないこともわかっている。
 たとえ中にいたいと願ったとしても、絶対に出なければいけない。定められた規則には従わなければいけない。
 今から約三時間後、シスターの誰かが扉を開けたら、そのときの心の中がどういう状態であれ、自分はきっと文句ひとつ言わずにこの部屋を出ていく。マーガレットはそう確信している。

 彼女は、赤ん坊のころにC修道院に捨てられて以来、ずっと規則を遵守しながら生きてきた。
 イザベラ院長を筆頭とするシスター一同から、規則を守りなさい、規則を守りなさいと口酸っぱく言われて育ってきた。そうするのが当たり前なのだと信じて疑わなかった。
 マーガレットは真面目一辺倒な人間ではない。規則を守れと言われるたびに、規則を違反してシスターたちから叱られるたびに、表向きはそれに従いながらも、心の中では反発してきた。たくさんの規則に縛られた生活が窮屈だと感じてきた。
 規則は守るものだと教えられてきたから、窮屈な思いや納得のいかない気持ちもがまんして、守らなければならない決まりを守ってきた。ただそれだけ。

「――わたしは」
 これからも、そんなふうに生きていくのだろうか?
 この生きかたを続けるべきなのだろうか?

「――ううん」
 首を横に振る。
 そうは思わない。決められたことに従うばかりの人生なんて、今すぐにやめるべきだ。閉鎖的で規則が多い世界だからこそ、もっと自由に、なるべく楽しく生きたい。
 でも、長年実践したことで、すっかり心に染みついた人生哲学を、どうすれば捨てられるのだろう?

 答えを探し求めたが、なにも思い浮かばない。難問だからでもあるが、考えることに疲れてしまったせいで、集中力を保てないからでもある。
 懲罰部屋には時計がないので、入れられてどれくらい経ったのかはわからない。ただ、換気をしているおかげで蒸し暑さはだいぶましになってきた。

 未来をどう生きるべきなのかはわからないが、今をどう生きればいいかはわかる。
 三時間を乗り切ろう。いくら退屈でも、そのときが来るまでじっと待っていれば、いつかそのときは来る。
 マーガレットは小さく息を吐き、ベッドに体を横たえた。スプリングがきしむ音は不愉快だったが、腹は立たなかった。
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