眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 マーガレットは数ある中から一冊を選び、椅子に座る。
 今日読むことにしたのは、掌編小説集。
 どの作品にもライトなSF要素が含まれていて、ストーリーは短いながらも波乱万丈、オチにも冴えた意外性がある。はじめて読む作家の作品集だったが、とても面白い。ままならない現実をしばし忘れて物語の世界に浸った。

 しかし、三作品目の作品を読みはじめたあたりから集中力が揺らぎはじめた。収録作品の内容に引っかかるものを覚えるせいで。
 どの物語も、主人公が必ず、冒頭よりも幸福になって幕を下ろすのだ。

 後味の悪い物語が好みというわけではない。読者としてのマーガレットは、ストーリーを重視するタイプだ。ストーリーさえ楽しめれば、ハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうが、面白かった、よい作品だったと満足する。
 それなのに、なぜだろう、この掌編小説集を心から楽しむことができない。予定調和。ご都合主義。そんなネガティブな感想ばかりが胸に浮かぶ。

 いらいらしながらも、なかば意地になって読み進めているうちに、問題は作品ではなく、自分自身の心にあると気がつく。
 人生は上手くいくことのほうが少ない。誰もが必ず幸福を手にできる人生なんて、まがいものだ。たとえフィクションの物語だとしても、興ざめしてしまう。
 どうやら今日のマーガレットの心は、ハッピーエンドの物語を楽しめないくらいひねくれているらしい。

 夢。
 目標。
 マーガレットが読んでいる作品集には、その二つの単語があふれていた。たぶん、収録されている作品すべてに共通するテーマなのだろう。
 それらは今日のジャンヌ副院長の説教のさいに、なぜか心に残った言葉でもある。

 夢や目標を叶えるのはそう簡単ではない。だからといって、叶えるための努力を惜しんではいけない。努力しつづけていれば、いつか必ず叶えられるのだから。
 掌編小説集の作者は、そんな無言のメッセージを作品にこめていた。
 ようするに、マーガレットは夢や目標を持たないゆえに主人公に嫉妬し、作者の思想に共感できず、虚構の物語に対して反発心を抱いた、ということらしい。

「……なんなの、それ。子どもじゃあるまいし」
 図書室では私語を慎み、なるべく静かに。それは重々承知しているのに、思わず声に出してつぶやいていた。
 ため息とともに本を閉じる。人気のない、深閑とした空間の中で、その音は音量以上に大きく聞こえた。

 夢。
 目標。
 二つの単語から意識を逸らせない。なおかつ、考えこんでしまう。
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