眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 現実は現実であって、虚構は虚構でしかない。小説が描いてみせた「真実」とは違い、現実世界では夢や目標はそう簡単に叶えられるものではない。

 マーガレットは、夢や目標を持ったことがない。
 といっても、それを叶えるのは限りなく難しいから、失望を味わわされるくらいなら最初から持たないほうがいい、と考えたからではない。
 むしろ、欲しかった。見つけようとした。
 夢や目標は価値のあるものだと考えていたからこそ、すでに持っているヘレンやシャルロッテに嫉妬した。

 シャルロッテにとっての、ナンバーワンの眠り姫になるという夢。
 ヘレンにとっての、毎日楽しく、笑って過ごすという目標。
 それと同じものが、わたしも欲しい。
 今すぐに、ではなくてもいい。でも、いつか必ず。

 でも、どうやって?
 ここは図書室だ。わからないなら、本の中に答えを探せばいい。

「……でも」
 いくら世の中にはたくさん本があるといっても、「夢の見つけかた」や「目標の立てかた」を書いた一冊が存在するのだろうか?
 存在したとして、その方法はマーガレットにも実践可能なものなのだろうか? 実行したとして、たしかな効果が得られるのだろうか?

 マーガレットは期待を持てなかった。これと思うタイトルの一冊を試しに棚から抜きとって、ページをめくってみる気にさえなれない。
 再び、ため息。
 これ以上、図書室にいる理由はない。というか、いたくない。

 席を立とうとしたとき、ベルが小さく鳴った。出入口のドアに取りつけられ、開閉すれば必ず鳴るようになっているベルが。
 振り向くと、四人の眠り姫たちが中に入ってくるところだった。その中心には、黒髪黒目のシャルロッテ。みなリラックスした様子で言葉を交わしている。

 マーガレットは身じろぎ一つせずに、四人の一挙手一投足を目で追う。一同は話を続けながら、マーガレットがいるほうに向かってくる。
 道のりのなかばほどまで来たところで、シャルロッテたちが先客の存在に気がついた。電流のように緊張感が体の中を駆け抜けた。
 四人は黙ったまま、マーガレットのことをじっと見つめていたが、やがて視線を切った。そして何事もなかったかのように、止まっていた歩行と会話を再開した。
 じとり、と嫌な汗が首筋ににじんだ。

 四人はマーガレットのテーブルの二つ隣、壁際にある一席に円を作るように座った。
 シャルロッテたちはマーガレットには見向きもせずにおしゃべりをしている。内容は聞きとれないが、ときどき笑い声が混じる。
 一応声を抑えているようだが、ほんの気休め程度。笑い声にいたっては、むしろうるさいくらいだ。
『図書室では私語を慎み、なるべく静かにしなければならない』という基本的なマナーを、シャルロッテたちは堂々と破っている。
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