眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 しかしマーガレットをもっとも悩ませているのは、暑さではなく心の問題。
 手を動かしているときも、止めているときも、頭の中ではずっと考えごとをしている。そのせいで作業は滞りがちだし、気分も晴れない。
 庭にはシャルロッテもいる。彼女をリーダーとするグループは、木陰に座りこんで気だるそうに雑談に耽っているが、もし見つかったらなにを言われるかわからない。そのうえにイザベラ院長に告げ口をされたら最悪だ。

 そんな危機感を抱きながらも、気持ちを切り替えられずにいるさなかのことだった。

「あっ、バッタだ。ほら、マーガレット、そっち行ったよ」
「いやっ……!」
 いきなり草色のバッタが体をめがけて飛んできたので、マーガレットは草刈り鎌を投げ捨てて退避行動をとった。
 バッタは葉っぱの先端にとまってじっとしている。マーガレットは大きく息を吐いて鎌を回収し、むっとした顔をいたずらの犯人に向ける。ヘレンはけらけらと笑っている。

「ヘレン、なにやってるの。今の、絶対にわざとでしょ」
「かわいいね、マーガレットの悲鳴。もしかして、本気で驚いた?」
「驚いたに決まってるでしょ。わたしが虫嫌いなの、知っていて投げつけてきたの? そうだったら、マジで最悪。心底ぞっとしたんだけど」
「投げつけてないよー。マーガレットのほうに追い立てただけだから」
「同じようなものでしょうが。なんでこんなことしたの? 言って」
「なんとなく、かな。でも大声が出るってことは、元気が復活したってことだよね。よかった、よかった」

 ヘレンはどうやら、マーガレットに元気がないのに気がついていて、彼女なりのやりかたで元気づけようとしてくれたらしい。
 その働きかけ自体はありがたいと思う。淀んでいた心に、さわやかな涼風が駆け抜けたようだ。
 しかし、口角が持ち上がった状態は長続きしない。掃除の時間なのにはしゃぐような真似をしたら、シャルロッテたちに目をつけられて嫌がらせをされるのではないか、と懸念したからだ。
 今日のマーガレットは、自分でもうんざりしてしまうくらいにネガティブだ。

「マーガレット!」
 はっとして顔を上げた。草を刈りとったばかり、褐色の土がむき出しになった地面に膝をつき、ヘレンがマーガレットの顔を覗きこんでいる。とても、とても、心配そうな顔をして。

「マーガレット、さっきからずっとぼーっとしてるけど、大丈夫なの? もしかして、熱中症になっちゃったとか? 心配だよ」
「ううん。熱中症ではないんだけど――でも、ほんのちょっと調子悪いかもしれない。体調っていうか、気分が」
「医務室に行くまでもないけどしんどい、みたいな感じ? だったら木陰で休むといいよ。無理するのはよくないからねー。マーガレットが休んでいるあいだは、ぼくががんばる。回復したら二人でがんばろうね」
「……わかった、そうする。ありがとう」
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