眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 窓外の景色に向き合うのは久しぶりだ。へんてこな形の雲が浮かんでいるわけでも、珍しい鳥が飛んでいるわけでもない、平凡な青空。それなのに、なぜか眺めつづけてしまう。
 不可解な力に支配されていること自体は、奇妙だとも怖いとも思わない。ただ、眺めているうちにだんだんいらいらしてきた。窓から景色を眺める習慣をやめたのは、こんな気持ちになるのが嫌だったからなのかもしれない。

 そう思ったあとすぐに、違う、と否定する。
 単純に気分の問題だ。マーガレットは今、気持ちがいらいらしている。だからこそ、なんの変哲もない青空にさえも腹を立てている。
 それでは、いらついている原因は?

 マーガレットはおもむろに後ろを振り向いた。
 ヘレンは椅子に腰を下ろし、スナック菓子を食べている。菓子の袋の横には、彼女が大切にしている指輪が置かれている。まるで菓子の袋と価値が同じであるかのように、無造作に。
 やっぱり、大切じゃないんだ。
 大切じゃないんだったら、そんなものは――。

 マーガレットはテーブルにつかつかと歩み寄り、指輪を鷲掴みにした。
 ヘレンは目を丸くしてマーガレットを見上げた。ルームメイトから漂う雰囲気にただならぬものを感じたらしく、顔がこわばった。

 ヘレンに背を向け、窓辺へと引き返す。背後から、袋が床に落ちる音と、ヘレンが椅子から立つ音がほぼ同時に聞こえた。
 窓の錠を開けて、さらには窓自体を開け放つ。吹きこんできた蒸し暑い空気の流れは、髪の毛が乱れるくらいに激しい。引き返すならこれが最後のチャンスだぞ――そう警告しているかのようだ。
 しかし、幸か不幸か、マーガレットの意思はもうかたまっている。

 大きく振りかぶり、指輪を外に投げ捨てた。
 強風の影響を受けて真横に流されながらも、銀色のそれは地上へと落ちていく。

 行き着く先をたしかめられなかったのは、ヘレンの叫び声に思わず振り向いたからだ。足音を鳴らして駆け寄ってくる。
 ヘレンはマーガレットの隣に立つと、窓枠を両手でつかみ、上体を乗り出して地上を見下ろした。十秒ほどで元の体勢に戻り、呆然とした表情でルームメイトの顔を見つめ、首をかしげた。

「……ヘレン。もしかして、見ていなかったの? あたしがなにをしたのかを」
「うん。窓に向かって腕を、ぴゅっ! って振ったのは見て、なにか窓の外に投げたのかな、とは思ったけど、落ちたものは見なかったから」
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