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「ヘレン。あなた、院長の命令に従うつもりなの?」
「仕方ないよ。院長からじきじきに命じられちゃったら、従うしかないもん」
院長の命令の問題点に気づいているのか、いないのか。表情と声音だけでは判断がつかないが、逆らう意思はみじんもなさそうだ。
「指輪って、当たり前だけど動物じゃないから、勝手にどこかに行ったりしないでしょ。外に置いておいたからって、すぐにだめになるものでもないし。だから、探すのは明日でもいいかなって。
というわけで、ぼくは今から折り紙で遊ぶね」
ヘレンは戸棚からいつものセットを取り出す。十色の折り紙が何枚か入ったものと、さまざまなモチーフの折り紙の折りかたがメモしてあるルーズリーフ。後者は、図書館から借りた蔵書の内容を書き写したものだ。
ヘレンは鼻歌を歌いながら折り紙を折る。
自分が好きな遊びはすすめるが、強要はしない。自分の「好き」を自然体で、なおかつ全力で楽しむ。
いつもどおりのヘレンが、彼女との関係に亀裂が生じている状況だからこそ眩しく感じられて、マーガレットはいたたまれなくなる。逃げたくなる。
でも、どこに逃げこめばいいのだろう。
懲罰部屋? あれは罪を犯した眠り姫しか入ることができない。この場合の「罪」はイザベラ院長が定める「罪」だから、懲罰部屋に入りたいという動機から犯した罪は、たぶん「罪」にはカウントしてもらえない。
逃げ場なんて、最初からなかったんだ。
C修道院の外で暮らした記憶を持たないわたしは、嫌でもこの場所で生きていくしかないんだ――。
絶望に心が呑み込まれる寸前、マーガレットははっと息を呑んだ。
逃げる? そんなこと、する必要はない。
人間が逃げたいと願うのは、誰かのために自分にできることがなにもなくなってしまったときだ。
でも、今のマーガレットにはやれることがある。
廊下を歩いているあいだはそうでもなかったが、プレートに記された「院長室」の三文字を見たとたんに緊張してきた。
深く息を吐き、ドアをノックする。
一瞬よりもほんの少し長い間を置いて、どこか不機嫌そうな声が「はい」と応答した。まぎれもなくイザベラ院長の声だ。
「マーガレットです。ルームメイトのヘレンのことで話があるのですが、少しお時間よろしいですか」
「わざわざ私と話さなければいけないような問題なの?」
「はい。許可をいただきたいことがあるんです」
三秒ほど沈黙が流れたあと、「入りなさい」という言葉が返ってきた。「失礼します」と言ってドアを開く。
「仕方ないよ。院長からじきじきに命じられちゃったら、従うしかないもん」
院長の命令の問題点に気づいているのか、いないのか。表情と声音だけでは判断がつかないが、逆らう意思はみじんもなさそうだ。
「指輪って、当たり前だけど動物じゃないから、勝手にどこかに行ったりしないでしょ。外に置いておいたからって、すぐにだめになるものでもないし。だから、探すのは明日でもいいかなって。
というわけで、ぼくは今から折り紙で遊ぶね」
ヘレンは戸棚からいつものセットを取り出す。十色の折り紙が何枚か入ったものと、さまざまなモチーフの折り紙の折りかたがメモしてあるルーズリーフ。後者は、図書館から借りた蔵書の内容を書き写したものだ。
ヘレンは鼻歌を歌いながら折り紙を折る。
自分が好きな遊びはすすめるが、強要はしない。自分の「好き」を自然体で、なおかつ全力で楽しむ。
いつもどおりのヘレンが、彼女との関係に亀裂が生じている状況だからこそ眩しく感じられて、マーガレットはいたたまれなくなる。逃げたくなる。
でも、どこに逃げこめばいいのだろう。
懲罰部屋? あれは罪を犯した眠り姫しか入ることができない。この場合の「罪」はイザベラ院長が定める「罪」だから、懲罰部屋に入りたいという動機から犯した罪は、たぶん「罪」にはカウントしてもらえない。
逃げ場なんて、最初からなかったんだ。
C修道院の外で暮らした記憶を持たないわたしは、嫌でもこの場所で生きていくしかないんだ――。
絶望に心が呑み込まれる寸前、マーガレットははっと息を呑んだ。
逃げる? そんなこと、する必要はない。
人間が逃げたいと願うのは、誰かのために自分にできることがなにもなくなってしまったときだ。
でも、今のマーガレットにはやれることがある。
廊下を歩いているあいだはそうでもなかったが、プレートに記された「院長室」の三文字を見たとたんに緊張してきた。
深く息を吐き、ドアをノックする。
一瞬よりもほんの少し長い間を置いて、どこか不機嫌そうな声が「はい」と応答した。まぎれもなくイザベラ院長の声だ。
「マーガレットです。ルームメイトのヘレンのことで話があるのですが、少しお時間よろしいですか」
「わざわざ私と話さなければいけないような問題なの?」
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