眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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 分厚い書籍がぎゅうぎゅう詰めになった、天井まで届く高さの立派な書棚を背にして、イザベラ院長が重厚な木製の机に向かっている。机上に出ているのは、ノートパソコン、レモンイエローのファイル、銀色の万年筆。
 白髪混じりの長髪の院長は、表情から内心を読みとろうとするかのように、少し眉をひそめた顔でマーガレットを凝視する。

 マーガレットは今まで規則を遵守しながら生きてきた。その生きかたを貫くなら、C修道院のトップであるイザベラ院長が一度下した決定に反対するなんて、もってのほか。
 でも、規則を守ったら友だちが不利益をこうむってしまう。
 だったら、断固として抗議しよう。
 規則という名がつくものに機械的に言いなりになるのは、もうごめんだ。

 基本的には従うべきだと思うし、従うつもりだけど――でも、ときと場合によっては例外もある。
 今回はその例外に当たる事例なんだ。
 勇気を振り絞るときなんだ。

 マーガレットは音を立てないようにドアを閉ざす。イザベラ院長に向き直り、単刀直入に切り出す。
「ヘレンの落し物についてです。院長はヘレンに、拾うのは明日以降にしなさいと命じたそうですが――」
 緊張したが、言い淀むことも言葉に詰まることもなく、言う予定だったすべての言葉を口にすることができた。





 マーガレットは廊下を疾走したかったが、懸命に自制して速足で突き進む。
 規則で走るのが禁じられているからではない。浮かれた気持ちを態度に出すと、せっかく手に入れた幸運が逃げてしまいそうで怖かったのだ。

「ヘレン!」
 自室のドアを開くなり発した声は、無意識に大きくなった。
「外! 今すぐにわたしと外に行こう」

 テーブルの天板にあごをのせて、立ち並ぶ折り紙の動物たちを至近距離から眺めていたヘレンは、「ほえ?」という間の抜けた声とともに振り向いた。
 マーガレットは「いいから行くよ」というふうに手招きをする。ヘレンは椅子から立ち上がったさいに横転した、ウマらしき一体をきちんと立ててやってから、慌ただしく部屋を出る。

「マーガレット。マーガレットってば」
 早足で先を急ぐルームメイトに追いつくなり、ヘレンが声をかけてきた。

「いつもにも増して強引だけど、どうしたの? 外になにかあるの?」
「指輪を探そう。わたしのせいでどっか行っちゃった、ヘレンにとって大切な指輪。二人で協力して探したら、日没までに見つけられるかもしれない」
「指輪を探すの、院長からだめって言われたばかりだよ。暗くなるしうるさいから、明日にしなさいって」
「とっくに知ってる。あなたの口から聞かされたから」
「それってつまり、こっそりやるってこと? わー、大胆だね」
「違う、違う。さっき院長室まで行って、院長から許可をとってきた。夜の自由時間が終わるまでなら探しても構わないって」

 ヘレンの口から「ほえ?」という声がまた出た。マーガレットはそれをかわいいと感じた。心にゆとりが戻ってきた証拠だ。
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