眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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「マーガレット! いきなりなにするのよ! こんなふざけた真似――」
「シャルロッテ。これ、全部あなたが窓から落としたものだよ。『不注意で落とした』って言っていたから、拾い集めて持ってきて届けてあげたの。感謝はされても怒鳴られる理由はないと思うけど?」
 マーガレットは傲然と言い放った。敵陣に乗り込み、しかもシャルロッテは怒りを露わにしている状況ではあるが、恐怖はみじんもなかった。

「どう見てもごみでしょうが。なに拾ってきてんのよ。汚いなぁ」
「ごみを平気で外に捨てる人間の心ほどじゃないよ」
「……マーガレット。あんた、マーガレットの分際で、なにあたしに突っかかってきてるの。もしかして、誰かから依頼されたとか?」
「そんなんじゃない。わたしが個人的にシャルロッテが気に食わないから、シャルロッテが気に障るようなことをわざとした。それだけだよ」
「ああ、そう。ふーん。ようするに、あたしにけんかを売っているわけだ」
「まあね。せっかく勝負するんだから、正々堂々とやりたい。あなただってそうでしょ」
「……あんた、なにが言いたいの?」
 シャルロッテに人差し指を突きつけ、マーガレットは告げる。
「今夜の眠り姫の売上額、どっちが上か勝負しよう」

「……はあ?」
「言葉どおりの意味。猿にでも理解できる超簡単なルールでしょ。
 もしわたしが勝ったら、今後二度とヘレンにちょっかいをかけるな。シャルロッテが勝ったら、一生わたしを召使い扱いしてもいい。……これでどう?」
 シャルロッテはプライドが高い。勝負ごとで負けるのが大嫌いだ。そんな彼女の得意分野で勝負しないかと、普段彼女が見下している相手から持ちかけてきたのだ。
 答えは一つに決まっている。

「いいよ。受けて立ってあげる。ハンデとして、もし同額だったらあたしの負けってことでいいよ。まあ、十倍の額を稼いであたしが圧勝するけどね」
 案の定、シャルロッテはマーガレットが望む回答を口にしたのだった。





 客からの不愉快な視線も、
 なかなか寝つけず、売上額が伸びない苦悩も、
 シャルロッテたちからの心ない言葉も、
 ヘレンが味わわされてきた痛みや苦しみと比べれば、取るに足らないものだとしか思えない。

 今日も眠り姫の時間がやって来た。
 気負いもなく、プレッシャーもなく、悲愴感もなく、マーガレットはブランケットでしっかりと体を覆った。
 今日はいつもとなにかが違う。そんな気がひしひしとしている。
 ふと隣を向くと、まだ七時の鐘が鳴って五分も経っていないというのに、ヘレンは寝息を立てている。いつもどおり、とても幸せそうな寝顔だ。

 マーガレットはそっとほほ笑み、顔の向きを元に戻す。
 眠り姫の時間に笑ったのははじめてかもしれない。
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