眠り姫とアイスクリーム

阿波野治

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「あーあ、負けちゃった」
 声に振り向くと、いつの間にかシャルロッテが隣に立っていた。
 疲れたような、ふてくされたような、普段あまり見せることがない顔をしている。目が合うと、大きくため息をついて頭をかいた。

「昨日のマーガレット、むちゃくちゃ速やかに眠ったよね。いつもはぐずぐずして、気が散るくらいに頻繁に寝返りを打つけど、昨日はそれがなかった」
「あ……そうだね。昨日は珍しくすんなり寝つけた。でも、まさか、シャルロッテに勝てるとは思わなかったよ」
「昨日はなかなか寝つけなかったからね。あんたじゃなくて、あたしが」
 そう言って、またため息。

「別に、あんたとの勝負を過度に意識したわけじゃないよ? 普通にしていればあんたには絶対に勝てるんだから、気負う必要なんてどこにもないわけだし。
 ……だけど、いつもと違ってあっさり眠っちゃったマーガレットを見たら、眠れなくなったの。
 あたしも早く眠らなきゃって思えば思うほど、目は冴えていって、焦燥感が募って、だけど眠れなくて。最終的には、時間内に眠れたことは眠れたんだけど、あんなにも入眠が思いどおりにいかなかったのは昨夜がはじめてだった。
 あたし、気づいちゃったんだ。あたしが今までとてもいい成績をおさめていたのは、隣にあんたがいるからなんだって。マーガレットっていう、三時間使っても眠れないことも珍しくない、眠り姫の中で一番といってもいいくらい寝つきが悪い女が隣にいてくれるおかげで、『いくらなんでもマーガレットよりは早く眠れる、マーガレットにだけは負けることはない』っていう安心感を得られて、それが好影響をもたらしていたんだって」

「……シャルロッテ」
「ま、同じく隣にいるヘレンは、自分がさっさと寝ちゃうせいで、せっかくの恩恵を得られていないみたいだけど」
 シャルロッテは両の掌を上にして肩をすくめたが、すぐに肩ごと両腕をだらりと垂らした。

「まああたしは美人だから、あんなに寝つくのに苦戦しても、あんたとの金額の差はわずかだった。それってすごいことだと思うけど、でも、僅差だから余計に悔しいっていうか。普通に眠れてさえいれば、イレギュラーな事態に慌てなければ、ベッドの外みたいに平常心を発揮できたら――」
 たらればの話をするのがむなしくなったらしく、シャルロッテは言葉を切って三度目のため息をついた。
 次の瞬間、マーガレットは自分の目を疑った。
 シャルロッテがマーガレットに向かって頭を下げたのだ。

「今まであんたとかヘレンに、いじわるなことを言ったりしたりして、ごめんなさい。約束したとおり、ヘレンにも、そしてあんたにも、もう嫌な思いをさせるようなことはしない。約束する」
「珍しく素直だね、シャルロッテ。てっきり、差はわずかだから同点扱いにしろとか、いちゃもんをつけてくるかと思ったら」
「言ったでしょ、同点なら負けって。……で、赦してくれるの? くれないの?」
「もちろん、赦すよ。ただし、一つ条件がある」

 シャルロッテは不安そうな眼差しを注ぐ。
 マーガレットは安心してとばかりにほほ笑んでみせ、「条件」を伝えた。
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