記憶士

阿波野治

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 今日も居残ってお喋りすることを選んだ友人たちに、別れを告げて教室を出る。いつものわたしであれば、「今日は日直の子にあまり迷惑をかけないようにね」と三人に言葉を残しただろうが、心にも時間にもそんな余裕はなかった。

 午後五時までに待ち合わせ場所に来いという指定は、放課後を迎える時刻と、高校からK郵便局までの所要時間を考えれば、ゆとりがある時間設定では決してない。公園の場所を知らない事実を踏まえると、短すぎるくらいだ。
 多木さんはわたしに一刻も早く来てほしいからこそ、待ち合わせ時間を早めに指定したのだ。彼女は切迫した状況に置かれているのだ。性急に移動するわたしの中で、焦燥感と不安が次第に高まっていく。

 多木さんはわたしに記憶の取り出しを依頼したい。取り出してもらうのは、一秒でも早い方が望ましいと考えている。どちらも所詮、推測に過ぎない。それらを材料に推理を進めても、多木さんが置かれている現状は見えてこない。カロリーを浪費するだけだ。彼女の話を聞くしか真実を知る術はないのだから、余計なことは考えずに足を動かせ。

 そう自らに言い聞かせながらも、多木さんについて考えることからは逃れられない。とても嫌な予感がして、焦りと不安が着実に募っていく。早足になって移動しているだけなのに、長距離を走り続けているかのように汗をかくし、息は弾む。

 漸くK郵便局の前まで来た。伝言内容に従い、角を折れた先の道を進む。賑わいから一転、空き家や更地などの割合が増え、人通りは激減した。進めば進むほど、景色はますます寂しくなっていく。その変化が燃料となり、ネガティブな感情が醜悪に肥えていく。

 灰褐色の感情がピークに達しようかというころ、右手に公園が見えた。疲労から緩んでいた足を少し速め、入り口まで行く。
 敷地面積の割には多くの遊具が押し込まれた、ごちゃついた印象の公園だ。右手の最奥に公衆トイレがあり、少し離れた位置に粗末な木製ベンチが置かれている。そこに座っている人物がいる。

「――多木さん!」

 私服姿だったが、一目で彼女だと分かった。項垂れるように俯いていて、暗澹たるオーラを発散している。
 決して弱くない抵抗感を覚えたが、己を奮い立たせて彼女のもとへ向かう。事情を打ち明けるのにまだ躊躇いがあり、気分が憂鬱なだけだ。そう自分に言い聞かせた。思い込もうとした。

 しかし、彼女が顔を上げた瞬間、甘ったれた楽観は木っ端微塵に砕け散った。
 多木さんの顔は憎悪に燃えていたのだ。
 その感情の矛先は、明らかにわたしだ。
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